半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

ニュース雑感(2017/11/22)

1つ目。

国立マンション景観訴訟 元市長が賠償金完済 5千人支援
https://mainichi.jp/articles/20171122/k00/00e/040/195000c

国立マンション訴訟 賠償金完済 元市長の上原さん「住民自治の力示した」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201711/CK2017112202000153.html

ひとつの区切り、という感がありますね。

2つ目。

石垣市で世界一提出が困難な婚姻届ツアーが爆誕 市職員「私だったら参加したくない」
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1711/20/news115.html

コメントに困ります。
ちなみに、オリジナル婚姻届でググると、いろいろ出てきますね。

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へんな気持ち

最近は官報のチェックもさぼりがちです。
そんな状況ですが、たまたま見た中に、こんなものを発見。

厚生労働省関係国家戦略特別区域法第二十六条に規定する政令等規制事業に係る省令の特例に関する措置を定める命令の一部を改正する命令(内閣府・厚生労働五)
http://kanpou.npb.go.jp/20171117/20171117g00249/20171117g002490004f.html

本則のみの規程を条建てに改める、新旧対照表方式での表現です。お納めください。

ちなみに、改め文方式での書きぶりの一例はこちら。

行政機関が行う政策の評価に関する法律第五条第四項の審議会等で政令で定めるものを定める政令の一部を改正する政令
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seirei49.html

さて、改め文方式に即して言えば、「本則を第一条と(する)」のですから、上記の新旧対照表方式の例では、[一~三 略]の部分も破線で囲まれるべきではないか、と思いました。

(なんでそういうトコ見ちゃうのかなあ...)

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Hidden Figures

映画『Hidden Figures』。見ました。

邦題「ドリーム」に至るまでに、一悶着あって(「なんでや!アポロ計画関係ないやろ!」)、私も反対の立場から取り上げた以上は、見に行かねばなるまいと思っていました。


よかった。


感想が難しいんですが、というのは、宇宙開発の裏方に、隠されたこの人々あり、という話であると同時に、人種差別の話でもある。差別の壁の向こうに行くのは、才能であったり、先を読んだ努力であったり、諦めない粘り強さであったり、また、壁の側にも変化はあったりと、つまりは「いろいろあった」。時代の変わり目を見せられたような、とでもいいましょうか。劇中、扉が開く、あるシーンがありますが、時代が変わる象徴のように感じましたね。

あと、わかるひとにしかわからない感想(妄言)としては、
「よろしくお願いしまぁぁぁぁぁす」。



ここから先は、ネタバレのようなそうでないような、ちょっと微妙な話をします。
予断を持ちたくない人は、読まない方がよろしいかと思います。










wikipediaによると、この話、史実どおりではないようです。日本の映画のサイトには「実話」とありますが、映画なりに脚色されているようで。
おぅ、そうなのですか…… ちょっとだけ興醒め。よかったことを、覆すほどではないですが。

ちなみに、原作として
Hidden Figures : The True Story of Four Black Women and the Space Race
と表示されているものがあります。
4人? 主人公3人だったけど?

これ、本来の書名は"Hidden Figures"のみで、:以下の説明は、適宜につけられている模様。ググると、いくつかあって、上記のものもそのひとつ。
もっとも、本の紹介をのぞいてみれば、
>Dorothy Vaughan, Mary Jackson, Katherine Johnson and Christine Darden, four African American women
とあるので、原作の内容としては4人が取り上げられているっぽい。
というわけで、違いの1人は、Christine Dardenさんです。(気になって、つい追ってしまった)
原作も読んでみるかな。積ン読になりそうだけど……

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HGP明朝E

『シン・ゴジラ』のキャプション風にするフォントは、HGP明朝Eが適とのこと。

参考。
https://twitter.com/shota_/status/926822854808571907

https://twitter.com/shota_/status/761150197808246784



紙面が余るので、シン・ゴジラの、細かすぎて伝わらなさそうで伝わりそうな好きなとこを。

大河内総理大臣の、序盤のヘタレっぷりから、徐々に肝が据わってくる変化の様。

“叡智の炎”に対する、各人の反応のしかた。
ある者は、テーブルを叩き怒りを示し。
ある者は、「選ぶなよぉ」と絞り出すように。
ある者は、努めて冷静に、しかしかすかな声の震えを隠せない。
キャラを踏まえての、役者さんの名演と思います。

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受動喫煙の防止

ブログ 自治体法制執務雑感 で、受動喫煙に関する話題が上がっていました。
http://d.hatena.ne.jp/hoti-ak/20171020http://d.hatena.ne.jp/hoti-ak/20171102

受動喫煙が好ましくないことは一般に認知されたとして、次のステップはとなると、受動喫煙の積極的な防止でしょう。
法制化に当たっては、これに限らず、認知→機運、というのが必要ですけど、そろそろそういう時期でもあるのでしょう。

とはいえ、
副流煙すな(するな)、と書くのは簡単ですが、そう命じて構わないのか。
特に、自宅内の行為を禁じられるいわれがどこにあるのか(理屈を見出すのか)。

この問題、政策法務のお題としては、なかなかよい題材ではないでしょうか。
みなさんもぜひ考えてみてください。



……と、投げっぱなしにするのもなんですから、思いつく程度で少々書いてみます。

なぜ規制するか、規制が許されるか。

考え方のひとつは、望まない喫煙を加害行為のように扱ってはどうか。
そうであれば、自宅内の行為も規制対象にしうる。
都条例が児童虐待防止法を引用しているのは、そのような流れなのかな、と。
(だからといって、定義を引用する必要もないように思いますが)

また別の考え方としては、副流煙を有害物質のように扱うことでしょうか。
具体的には、濃度で線引きとか。
児童の半径何メートル以内において何ppmを超えてはならない、みたいな。
(家庭に計測機器があるはずもないので、そこは、みなし方で工夫)
あるいはまた、年間や瞬間の、許容される副流煙量を定めるとか?

ただ、このような考え方をとると、違反をおいそれと見逃せなくなるし、
罰則も、過料よりは罰金が馴染む気がします。

とまあ、そんなこんな考えますが、難しいですね。
変に理屈を考えるよりは、(ある種の)資源ごみの持ち去り禁止のように、とにかく「行為」を禁ずる、のほうがむしろいいんですかねえ。

ついでに、日経産業新聞の記事の感想ですが、
>路上規制している自治体と調整必要
の部分は、ちょっと意味を読み取れませんでした。
条例にも受動喫煙対策の役割を求める、のだとしたら、規制目的が異なるので、ヘンな話です。
これは、
法:受動喫煙はダメ
店:煙草は外で吸って
条例:路上は喫煙ダメ
喫煙者:どうしろと
という流れにおいて、
法:店舗外での一時喫煙は、条例の適用除外にしてよ
ということなんでしょうか? ありそうですけど、うーん、わからない。

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