半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

わかりやすさと正確さ

新旧対照表に関する資料として。(北のほうの方、情報ありがとうございます)

 明治以来の大改革を一歩ずつ (2017.03.02)
 https://www.taro.org/2017/03/明治以来の大改革を一歩ずつ.php
 (リンクは略)

新旧対照表が“変更箇所の表示”に優れることは論を待ちませんが、“改正行為”自体にも優れるかは、一歩引いて考えたいところです。そこ、混同されているのではないか。方程式は、グラフで表現できるんだから、数式はいらない的な。
何にせよ、「日本語しゃべれよう」的な圧は、苦手。



そんなにわかりやすいのがいいのなら、ポンチ絵や逐条を法令にすればいいじゃないかよう、と思うことはある。



紙面が余るときは、余談。

新旧対照表から改め文を書き起こす、と人は言うのですが、私の場合は、改め文を新旧対照表に落とし込む、といった感覚で作業していました。少なくとも、相互補完・同時並行的進行であったかと。
改め文に間違いがあったら何にもなりませんから、改め文の仕上げのほうに注力していましたが、そうした意識がもたらした感覚なのかもしれません。

ここがツイッターなら、アンケートをとってみたいところですが、まあ、私みたいなのは少数派なんでしょう。(改め文主体派、いらっしゃいます?)

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re:省令に新旧対照表形式・2

官報! 官報開けて!

使用済燃料の再処理の事業に関する規則等の一部を改正する規則(原子力規制委一〇)
http://kanpou.npb.go.jp/20160921/20160921g00208/20160921g002080001f.html

はじめは、何が起きているのかわかりませんでした。

わかってくると、これは…… 技巧に走り過ぎ、という感があります。

プチ解説をすると、複数の法令の一括改正では、1条で1法令を改正するというのを何条か束ねるわけですが、改正内容が全く同じ場合には、1条で複数の法令を改正するという手法があります。

地方自治法の一部を改正する法律(平成18年法律第53号)(抄)
   附 則
 (統計法等の一部改正)
第十七条 次に掲げる法律の規定中「吏員」を「職員」に改める。
 一 統計法(昭和二十二年法律第十八号)第十条第四項
 二 会計法(昭和二十二年法律第三十五号)第四十八条第一項
  …
 十三 中央省庁等改革関係法施行法(平成十一年法律第百六十号)第千三百二十一条第一号及び第三号
 十四 児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号)第九条第二項

この手法を応用して、新旧対照表方式における改正操作部分を集約した(共通化した)、ということかと思われます。

発想としてはアリなんでしょうけど、改め文における「の一部を次のように改正する。」という字句が共通であればこれを集約してよいかというと、そうではないように、改正操作部分は、集約する対象としてはいけないように思えます。また、新旧対照表方式を選択した以上は、多少の冗長さは甘受すべきとも思います(いまさら冗長さ回避にこだわらない)。

ともあれ、国による新旧対照表方式が進化の途上にあることをうかがわせる新たな一例でした。これが、手法として、定着するのか、消えていくのか、どうなっていくのでしょうか。

追記(9/23)
集約する対象としてはいけないように思えます、と書きましたが、よくよく考えれば、例示したものは、まさに集約しているわけですから、集約自体はいけないとはいえない。

とすると、ここでの違和感の正体はというと、
1 改正内容が異なるのに集約してよいか
2 集約を別条にしてよいか
あたりから来るのでしょう。あらためて考えますに。

特に、2点目に関しては、これだと「条文の操作」じゃなくて「ルールの説明」だよなー、というのがあります。
もっとも、逆に、ルール説明を分離するというのは革新的な発明ととらえるべきなのかもしれません。読みやすいし。
ついつい守旧的に考えてしまいがちですが、もっと自由に発想していいのかなあ。

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順次

自治体法務の備忘録

 新旧対照表方式の告示改正
 http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20160809

で、
>次の表により、改正前欄に掲げる規定の傍線を付した部分をこれに順次対応する改正後欄に掲げる規定の傍線を付した部分のように改める。
という柱書に対して、
>改正箇所が1つのときは、「順次」は不要
とコメントしました。

このことについて、もう少し申し添えてみたいと思います。

法制執務の思考のクセとして、正確性を高める、精度を上げる、というのがあると思います。

うまい例えがぱっと出てきませんが、対象が個人だけでなく団体もありうる場合に、「氏名」のところを「氏名又は名称」としたり、「者」をあえて「もの」としたり。対象が単数か複数かで、「その」を「それらの」にしたり。
あるいはまた、「路上喫煙」について、単に喫煙だけとせず、「又は火のついたたばこを所持する」と加えてみたり。
一般的な文章であれば、常識的に、あるいは補って解釈できるものも、つっこまれるところのないようにギリギリと書くわけです。
(その副作用で、規定が長くなったり、くどくなったりもするわけですが)

国の新旧対照表方式での「順次」にも、そうした、精度のため、というものを感じます。複数の箇所の対応関係について、「順次」がないと、どれとどれが、という説明に欠けてしまうのではないか。「順次」によってその説明としてしているのではないか。
私がそう感じるのは、過去の この 経験も手伝っていますが、そうしたものを抜きにしても、比べれば、「順次」があったほうがいいな、と思います。

精度を上げるための言葉の付け加えならば、箇所が複数でなければ、その必要はなくなる。
そんな考え方からの、不要説でした。


追記(8/16)
……などと書いていたら、既に(というか、やはり)「順次」なしのがありました。8/12の官報です。

警察法第十二条の四第一項に規定する専門委員に関する規則の一部を改正する規則(国家公安委二〇)
http://kanpou.npb.go.jp/20160812/20160812h06836/20160812h068360003f.html

>次の表により、改正前欄に掲げる規定の傍線を付した部分をこれに対応する改正後欄に掲げる規定の傍線を付した部分のように改め、改正後欄に掲げるその標記部分に二重傍線を付した号を加える。

ときに、この二重傍線での「号を加える」だと、号の数字しか加わらないように読めてしまわないかなあ(際限がない

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re:省令に新旧対照表形式

省令に新旧対照表形式
http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20160623/p1

を受けまして。いやー、これは見てなかったですね。

さてさて。以前、こんな話があったのを思い出しました。

河野内閣府特命担当大臣閣議後記者会見要旨 平成28年3月25日
http://www.cao.go.jp/minister/1510_t_kono/kaiken/2016/0325kaiken.html

 我が国の法令改正は、明治以来伝統的に「甲を乙に改める」という「改め文」方式でやっておりましたが、この「改め文」方式は改正後どういう条文になっているかよくわからないとずっと私思っておりましたので、法律、政令等はなかなか難しいのですけれども、府省令などは所管大臣が決められるということでございますので、国家公安委員会委員長として、今回、国家公安委員会規則を「新旧対照表」方式で改めるということをやりました。官報にも掲載されておりますが、お手元に資料が配られているのではないかと思います。「改め文」方式のほうがわかりやすい改正もありますが、「新旧対照表」方式も相当わかりやすくなると思いますので、今日、閣議後の閣僚懇談会で、こうした改正のやり方があるということを御紹介させていただきました。


さては、思って見返してみると、こちらのようですね。

国家公安委員会関係警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律施行規則の一部を改正する規則(国家公安委五)
http://kanpou.npb.go.jp/20160323_old/20160323g00063/20160323g000630020f.html

その後、改め文方式のものも交えながら、

審査専門委員に関する規則の一部を改正する規則(国家公安委一〇)
http://kanpou.npb.go.jp/20160414_old/20160414g00087/20160414g000870001f.html

などが続きます。

河野氏のフェイスブックによれば、他省ではこれが皮切り?

船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則の一部を改正する省令(国土交通四六)
http://kanpou.npb.go.jp/20160428_old/20160428g00098/20160428g000980030f.html

で、今般の財務省にも至ると。

エライ人が言ったので仕方なく、なのか、実はその発言を待ってました、なのか、
外の人にはうかがいようもありませんが、歴史が動いたのは確かです。

ところで、新旧対照表方式でありながら、微妙にわかりづらく感じるのはなぜなんだぜ?

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新旧対照表方式による改正

特段、語るほどのことを持っているわけでもないのですが、気が向いたので少々。

正直申しますと、あまり好きではありません。

前から思っているのは、
<法令を改める>ということの「実質」に違いがないのに、
<法令を改める>ことの「表象」を変えることにどれだけの意味があるのだろう、
ということです。

喩えになりませんが、<リンゴなるもの>(概念)に対して、
「林檎」(文字)と比べ[リンゴの写真](ビジュアル)は優れ・わかりやすいのか?
あるいはまた、リンゴのビジュアルは、リンゴの概念を必ず伝えるのだろうか。
リンゴの概念が共有されていればこそ伝わるのであり、共有されていなければ「表象」にならないのではないか。
(不可視境界線の向こう側的な言辞で申し訳ありません)

結局、「わかりやすい」を標榜しながら、その実は、資料の省力化(改め文が減る)がねらいなのではないかという感が拭えないでおります。(真剣に取り組んでいらっしゃる方には、ごめんなさい)
それでいて、ルールそのものを考えるという、より困難な思考・作業を増やしているのは、なんとも皮肉なことです。


さて、長らく語らなかったことを語るのは、これを見たことによります。

 「公職選挙法施行令の一部を改正する政令案」に寄せられた御意見
 http://www.soumu.go.jp/main_content/000272383.pdf

3件目です。
>(どの部分がどの部分に該当するのか)「分かりにくい」

私たちは、私たちの常識をもっと疑わなくてはならないようです。


追記(2/11)
そもそもどのような新旧対照表だったかは、こちらで。

 公職選挙法施行令の一部を改正する政令案に対する意見募集の結果
 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei14_02000021.html

図形の問題では、図形の内や外に補助線を引いて考えることがありますが、
新旧対照表を読み取れるのは、改め文を思考の補助線として用いているからではないか。
改め文という補助線なしだと、新旧対照表方式の改正は、改正を的確に表現し得ているのだろうか。
私はもう新旧対照表ネイティブにはなれないので、わかることができません。

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