半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

です・ます調の条例・2

小学生くらいの子どもでも、それなりの料理をするとなれば包丁を扱う。(という設定で話をします。)
子どもに包丁を扱わせるには、どうするか。

包丁が危ないことを教え、ケガをしないような扱い方を教えるのではないか。
包丁の刃を丸めたり、デコってかわいくしたり、ということが対策ではないだろう。

私は、条例や法律は、見えない刃だと思う。

条例をです・ます調にすると、子どもが扱えるものになるか?

である調のままだって、子どもは(わかる範囲で)わかる。です・ます調で、わからないものがわかるようにはなるまい。
また、です・ます調にすることで条文の解釈に紛れが出るとしたら、それは、そのような犠牲を払ってまですることなのか。

おそらく、そういうことで、私は、です・ます調の条例をよしとできないのだろう。

親しみやすさとわかりやすさは、異なるものである。
さらにいえば、素のままにきちんと扱わせることより、素のままでは扱わせないこととするのは、相手(子ども)も対象(条例)も、軽く見られているということ。それは、「親切」とは違うだろう。
(もっとも、そんなふうに思っていないから、です・ます調にできるわけだが)


子ども向けの包丁やデコった包丁があるのは知っていますが、そういう話ではないので。いいね?

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日本語と日本手話

立法と調査 386号(平成29年3月1日) (リンク)

日本語と日本手話 (リンク)
なる小論があったので、お知らせします。



例規の仕事を経験すると、言葉の定義や射程に敏感になる。

「手話言語条例」という言葉を聞いて、思ったのは、
なぜ言語? ということでした。

私は、言語かどうかは、学術的に決まるものと思っています。
まさか、言語かどうかを条例が決めようとでも?

ググってみると、手話は確かに言語のようでした。
ただし、手話には種類があって……というあたりから、話はややこしくなります。

条例がいう、「手話が言語であるとの認識」とは、
日本手話と日本語対応手話を、区別してのものなのか、違うのか。
その次第によっては、人は条例に異なるものを見てしまうのではないか。
その次第によっては、ややこしい問題のどちらかを支持してしまうのではないか。

手話なるものの使用が保障され、普及されるべきことに、異論はありませんでしたが、ことは単純ではないようです。
ああ、困った。

どちらかが「正解」ではないのでしょう。
しかし、条例を制定するのであれば、「選択」はしなければならないと思われます。
「(条例制定は)いいことなんだから」というだけでは済まされない、はず。

なお、冒頭の、言葉に敏感、の立場からすると、
手話“言語”条例というなら日本手話想定に親和的、
日本語対応手話を想定してなら、“言語”は非親和的、
という感はあります。この点もまた、「選択」になるのでしょうけど。

追記(3/14)
最後のほう、若干改稿しました。
ちなみに、「手話言語条例 日本手話 inurl:lg.jp」でググると、やはり議論があることがうかがえます。
埼玉県朝霞市は、日本手話を明言したんですね。潔いというか、わかりやすい。
なお、あえて選択しない、というのも態度のひとつでしょうが、態度の説明は、必要になるかと。

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地方自治法を学ぶ前に

法学を学ぶ前に、を受けて。

地方自治法は、つきあいも長いので、さほど難しいとは思わなくなった。
量は多いし、深入りしようと思えばもちろん大変だけど、
基本的には、書いてあることを素直に読めばよいと思う。そういう条文が大半だ。

じゃあ、何が難しいと思わせるのだろう?

それは、法というものに不慣れ、というところからくるのではないか。
法の読み方がわからなければ、内容の理解もままならない。
確かにそれは、法の難しさではあるが、しかし、地方自治法の難しさではないだろう。
民法・刑法のような、条文とは別に学んでおくこと、という面倒さは少ない。
ないとは言わないけど。
ともあれ、大変さと難しさを錯覚しないように。

というわけで、さて、地方自治法を学ぶ前に必要なことはなんだろうか。

1 何はともあれ、読み方のルール
・条、項、号の意味  「前項」がどこを指しているのかわからなくては話になるまい
・及び・並びに 又は・若しくは の構造
・できる、できない、ならない の差異
・定義された語句  置換(代入)して読む。普通の日本語として読んではいけない
・「政令で」「条例で」  階層構造、委任関係があること

2 読む前に求められる知識
・財務関係(時効、財産、債権)は、民法の知識が前提
  ここの難しさは、民法の難しさ
  特別法としていかに一般法を修正するかは、地方自治法の難しさ

3 読んだ後に求められる知識
・判例、行政実例
  条文の素直な解釈を修正することになる(行政実例は信じすぎてはいけないが)
  条文の素直な解釈を修正するものがあること、それは何か、は知っておきたい
・行政法、行政不服審査法
  機関、許可、処分、審査請求あたりは、意味をおさえて読み直すと理解が深まる

4 地方自治法に書いていないこと
・教育委員会、公務員、地方税、財政運営など(自治法内に一応条文あり)
・行政手続法、情報公開、個人情報保護など(関連条文なし)
・個別法に基づく「責務」  (なんとかならないかな、これ)

例えるなら、料理を作るのに、
材料の切り方とか、火のとおりやすさとか、「大さじ」とか、そういうのが求められる話。
そんなことを思ったわけです。

おまけ 私選・最低限これだけは覚えとけっていう条項
・議決事件(96)、専決処分(179,180)
・職員の賠償責任(243の2)
・条例(14)、規則(15)
・附属機関(138の4)、補助執行(180の2)、予算と条例(222)
・財務の章はひととおり(監査請求は除く)
あと、「(~し)てはならない」という条文には、気をつけたほうがいいです。
そのほかは、必要になったときや担当になったときに調べればいいんじゃないかな。

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地方財政措置

真夏の夜の寝言。

その経費については、地方財政措置を講じております。

パックは嘘を申しません。



「地方財政措置ってどういうこと?」

「一般財源でやれ、ってこと」

「ええと、(普通)交付税が出るってことじゃないの?」

「まあ、もらう方に着目すれば、ね。
 でも、ある経費について、全額、交付税が出ることはないよね?
 自治体が負担する方に着目してみれば、
 経費に対して、税収が5割相当あれば、5割は税金を使う。
 税収が7割なら7割使って、税収だけで足りれば全部自前。
 税収だけでは足らなければ交付税は出る、それは確かだけど、
 裏返せば、税収で賄える限りは税収でやって、ということでもあるの。」

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庁内連携

番号制度の関係では、庁内連携(庁内他部局での番号の利用)とやらについて、条例が必要らしいです。

昔取った杵柄で、番号法を読んでみるのですが、なぜ条例が必要になるのか、どうも得心がいきません。

法が「条例で規定しなさい」としているものを規定するのは、吝かではありませんよ?
ただ、庁内連携というのは、法定外の番号利用などと違って、「条例で」との明文がありません。

そもそも、法定の事務のためなら、他の自治体から情報を取り寄せるのが(法で)許されるというのに、自治体内から取り寄せるのは許されない(条例で規定しないとダメ)というのは、どういう理屈なの?

そういうのは、「もちろん解釈」の範疇でしょ。

どうも情報の目的外利用の禁止に抵触するから、らしいのですが、ならば、法の制定時において類型化して、条例事項にできた話。若しくは、「(庁内も)利用できる」としておけた話。
いずれもされなかったということは、法の制定時においては「もちろん解釈」だと思っていたのではないでしょうか。それが、あとになって、解釈論では疑義が……というので、条例で対処することにした。そんな印象を持ちます。

今日日、自治体にも法の解釈権はありますから、条例なしでも庁内連携はできると解釈することはできると思います。
もっとも、国からの通知でも法の解説本でも、庁内連携には条例が必要というのが趨勢なので、旗色は悪いなあ。
(なんだかんだいっても、裁判になったときに負けたくなければ、安全策で、条例作っておいたほうが「無難」)

追伸
かくなる上は、法のほうを改正して、もちろんできる、ということを明文化していただきたいところ。合目的的利用と目的外利用禁止との競合について、合目的的利用の優先を明確にするだけのこと。立法で解決すべきは、立法でしていただきたいです。

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公共施設解体基金

起債は、単なる資金調達手段でなく、「世代間の負担の公平」を図る機能があります。
起債の償還を通じて、整備された施設等を実際に利用する世代が、その費用を負担するわけです。
だから、起債の対象は、原則として普通建設事業であり、そうでない、財源対策としての地方債は、例外なわけです。

さて、この論からすれば、
公共施設(箱モノ施設)の解体・撤去費用は、将来の利用者がいませんから、起債はなじまないということになります。
むしろ、利用世代のうちに、その費用を負担する、すなわち貯めておく必要があることになります。

ということで、公共施設に関しては、整備基金より、むしろ解体基金こそ必要ということがいえます。

以前から、解体・撤去費用と起債の話を聞くにつけ、そういうことを考えていたわけですが。

ふと、公共施設解体基金でググったら、出てくるじゃないですかー!

当該自治体に敬服するとともに、(もっと早く書いておくのだった)などとケチくさい感想を抱くのでありました。
ま、冗談はともかく、自分の理屈が、あながち誤りではないと思えるのは、心強いかぎり。


追記(3/10)
落ち着け、自分。
多額の費用が予想されるが起債の対象にならない、となれば、貯めておくの一択。
世代間の公平の理屈を考えなくても、求められること(貯める)は同じ。
となると、ちと、はしゃぎすぎであったか。
(いやまあ、まさしく理屈も検討されたのかもしれませんけど)

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みなし寡婦控除

みなし寡婦控除についても、自分の思うところをメモしておきます。
これも、以前から取り上げたいなと思いながら、ずるずると(以下同文

こちらも、国会で質問主意書が出されております。

 所得税法の「寡婦控除」に関する質問主意書
 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/186071.htm

結論を言えば、
>各市町村において判断されるものと考えている。
とされており、問題にはならないようです。まあ、当然です。

それはいいんですが、
この問題は、間接的に「税法は間違っている」と言っているに等しいわけで、
私は、ここの引っ掛かりを、どうも飲み込めないでいます。

いやまあ、実際、税法は、かつてはともかく今では、不合理なレベルになっているとは思います。
ただ、間違いだというなら、現行の規定に代わる新たな規範を定立して、それを適用するのが筋というもの。

もとより、寡婦とひとり親は、似て非なるものです。
似てるのに違いがあるのはおかしい、という感覚は、よく考えれば、その方がおかしい。
だから、例えば、寡婦でとらえるのでなくひとり親でとらえるのが正しかろう、という理屈ならわかります。

導入団体の事例を詳しく調べていませんが、
未婚高齢女性の扱いや、寡夫の所得要件について、どう扱っているのか、気になっています。
既婚・未婚での区別がおかしいという理屈なら、公営住宅での未婚高齢女性の扱いも変えるのか。
また、男女での所得要件の違いは、不合理として修正しなくてよいのか(制度の是正が要求される点では同じでは)。
間接的にせよ税法を否定する以上、こういう考え方で再構築しました、というのがあるはずで、それに関連する扱いの一貫性はどうなっているのか、という関心です。

現行の税法の何を否定して、どんな立法事実に基づいて、何を新しい規範とするのがよいのか。

>伝統をぶち壊す資格があるのはその道を極めた者だけです

という言葉がありますけど、そんな域に達しちゃいない私には、みなし適用は容易に手が出せない問題です。(みなし適用さえすればよい、では済ませられないのです。)

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公契約条例

公契約条例について、自分の思うところをメモしておきます。
以前から取り上げたいなと思いながら、ずるずると今日になってしまいました。

さて、野田市での制定から早5年。
いまも各地で検討され、ときどき制定に至っているようです。

条例のタイプとしては2通りあって、
野田市型 と 川崎市型 があります。

野田市型というのは、公的な規制、義務の形態をとるもの(公権力的構成)。
社会規範型ともいえるでしょう。
違反に対しては、不利益処分がありえます。

川崎市型というのは、自団体の契約のありかたとして定めるもの(契約的構成)。
自己規律型ともいえるでしょう。
違反に対しては、契約事項としてのペナルティがあります。

ちなみに、
公的な規制、義務とすることが法令との関係で許されるかについては疑義があり、
ここを、内部の定めとすることで疑義を回避するとは、さすが政令市と思いました。
工夫ですねえ。

業者の対応としては、「嫌なら契約するな」ということになるわけですが、
川崎市型にあっては、業者が自由意思で条件に合意するかしないかを選択するのに対し、
野田市型にあっては、契約する者には一律に・否応なく適用される、
というニュアンスの違いがあります。(説明が下手ですみませんが、御容赦を)

さて、この件については国会で質問主意書も出されております。

 最低賃金法と公契約条例の関係に関する質問主意書
 http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/171/meisai/m171064.htm

で、これの答弁書を見ると、
一の1については 「問題ない」、
三については 「(法令に)違反するものであると考える」
となっており、どっちやねん、と思う方もいらっしゃるのではないかと思います。

一の1については、よく見ると、
>御指摘の「公契約条例」の具体的内容が必ずしも明らかでないが、
として、個別の検討を避けて一般論にすり替えていることに注意です。

その上で、もともと最低賃金法第4条第1項では、
>使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。
となっているわけですから、この条文の趣旨の範囲内であれば問題ないということになります。

対して、異なる最低賃金を定めるに等しい行為となると、これは最低賃金法と競合します。
最低賃金を払わないと罰せられる、とは、同時に、
最低賃金さえ払えば罰せられない、でもあります。
最低賃金をクリアしていても、条例で定める額に満たなければ不利益が課される、のでは、法を没却することになりかねません。

というわけで、質問主意書については、
「問題ない」よりは、 「(法令に)違反するものであると考える」と受け止めるべきものでしょう。

以上は私見であり、解釈のひとつです。
己を信じて進む方は、どうぞ。


追記(10/14)

自治体法制執務雑感さんでとりあげていただきましたので付記しておきます。御参照ください。
 公契約条例 http://d.hatena.ne.jp/hoti-ak/20141004

野田市の条例に関しては、契約の枠内、との見方だそうです。
この点に関しては、私の見立てがバイアスがかかっている可能性も否定できません。各自御判断を。

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ふるさと物販制度

地方税法には、次のような条文があります。

 (たばこ税額を条件とする補助金等の禁止)
第四百八十五条の十四  市町村は、小売販売業者に対し、当該小売販売業者に売り渡した製造たばこに係るたばこ税額として当該小売販売業者に製造たばこの売渡しを行う卸売販売業者等から当該市町村に納付された、若しくは納付されるべきたばこ税額又は納付されることが見込まれるたばこ税額の見込額が一定の額以上であることを条件として、補助金、利子補給金その他相当の反対給付を受けない給付金の交付又は貸付金の貸付けを行つてはならない。


たばこ税をわがまちに誘導すべく、奨励金を出す制度をつくった自治体がありましたが、その動きに対し、国が「NO」をつきつけた改正でした。いまも印象に残っています。


昨今、ふるさと寄附金制度がさかんですが、この制度に対し、「お得」とか「利回り」といった言葉がついてまわるのは、やはり正常とは思えません。「比較」サイトの出番があるような制度でもなかったはずです。

このような風潮に歯止めがかからないと、いずれ、冒頭に掲げたような条文がおでましになるかもしれません。
そもそも、現行の条文においても、

寄附金(当該納税義務者がその寄附によつて設けられた設備を専属的に利用することその他特別の利益が当該納税義務者に及ぶと認められるものを除く。)

とあります。
この規定は、所得税でも同様ですから、税務署が厳格適用に転じて、儀礼の範囲を超えるリターンであるからと、否認することになってもおかしくありません。(国税だって、所得税の減収にいつまでも寛容であるかどうか)

ふるさと寄附金を求める自治体の努力を否定したくはありませんが、物販に堕すことのないよう、節度を求めたいと思います。物販抜きで呼んでこそ、です。

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地方税法と税条例

地方税法と税条例の関係は、実はよくわからない。

本を読むと、枠法とか準則とかいった説明はあるわけですが、
オーソドックスな委任関係に慣れ親しんだ身からすると、感覚としてなかなか理解がしがたい。

地方税法は課税権の根拠であるが、個々の処分の根拠は税条例である。

と、仮の理解はしているものの、周囲の理解はどうなんだろうか。
私にとっては、地方交付税とは何か、に匹敵する地方自治の難問です。



さて。

先だっての条例(例)(金融所得関係分)では、税条例の附則の一部が削除されました。
どうも、地方税法と二重に規定するには及ばない、といったことのようでした。

これまでは、税条例に、地方税法と同じようなことをさんざん書いてきたわけですから、
ちょっと不思議な話です。

で、ここで思い浮かぶのが、神奈川県臨時特例企業税の判決です。判決では、

同法の定める法定普通税についての規定は,標準税率に関する規定のようにこれと異なる条例の定めを許容するものと解される別段の定めのあるものを除き,任意規定ではなく強行規定であると解されるから,普通地方公共団体は,地方税に関する条例の制定や改正に当たっては,同法の定める準則に拘束され,これに従わなければならないというべきである。

という一節がありました。

判決により、地方税法の性格が、強行性のあるものと明確になった、のではないかと思います。そういうことであれば、もはや、税条例によらずともよい、という理屈になります。
となると、今後、税条例の「念のため」的な規定は、機を見て少しずつ減っていくのではないでしょうか。


…という意識はあったのだけど、こういうことは、もそっと早く書いておくべきだったかなー。
(今度の条例(例)に、実際そのような動きがみられるようですが、今となっては、後出しじゃんけんぽい。チッ)

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