半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

政策法務回顧

10年前は、自治基本条例や債権管理条例が流行りだった。
自分のブログを読み返して、そっかー(しみじみ)、という気分である。

法務の現場を離れていることもあり、「政策法務」の言葉は、とんと見なくなった。
当初のブームが過ぎた、ということもあるだろうが、もう、わざわざそういう言い方をする必要もない、当たり前の要素として実務に溶け込んでいる、というふうに思いたい。

まあ、政策法務といっても、ヒキダシの多寡みたいなところもあった。
要は、他所でつくられたスキームをどれだけ「知っておく」か、である。
しかし、スキームそのものを生み出す力が、真の政策法務の力であろう。
そういう意味では、新たなスキームはレアであり、まだまだ力がついたとは言えない。
(乾杯条例? うーん)

一方で、法的な見方や、法制執務能力は、だいぶ向上したのではなかろうか。
昔であれば、国の法令について、その書きぶりを疑うことなどしなかったが、今では、(省令レベルでは)怪しい書きぶりや誤りがわかるようにもなった。
いまいる法務担当者の能力に左右される、という側面はやむを得ない。ただ、担当者の学習素材は豊富になった。『法規担当になったら読む本』があるくらいである。手さぐりでもがいていた身としては、びっくりだよね、もう。
課税誤りや訴訟もまだまだなくならないが、そうした中でも、立論のしかたや対応には、進歩があると思いたい。

そんなことを、ふと思った。

追伸
誰かブログ始めないかなー
やろうよー
読みたいよー 読ませてよー

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課税ミスの返還・追伸

ところで、課税ミスを返還する際の、加算金の計算はどうあるべきと思いますか?

ひとつには、民法所定の利率というのが考えられますね。
これは、国家賠償訴訟との衡平を図る場合には、親和的です。

一方、税法の還付加算金の計算であってもよくはありませんか?
行政への信頼の回復という名目であれば、更正の期間制限や時効がなかったら、と考えるだけでよくはありませんか?

私はいまだ結論を見ない。誰か結論を見ただろうか。

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課税ミスの返還

名古屋だけ返還に訴訟 政令指定都市の課税ミス
https://www.asahi.com/articles/ASL1H4478L1HOIPE00W.html

 固定資産税が本来より多い徴収ミス。たびたび起きるが、東京都やほとんどの政令指定都市では、窓口に申し出れば、取られ過ぎた分を返してもらえる。ところが名古屋市だけは、5年より前の分は訴訟を起こさないと返してもらえない仕組みになっている。他都市が「取り過ぎ補償」のため設けている返還ルールがないためだ。


これは、ややこしい話で、素朴に考えれば返すのは自然なのですが、法的にはそうはいかないという。
返すためには、そもそもの税額を変更しなければなりませんが、変更できるのは5年までという制限があります。税額を変更できなければ、返す額も生じようがない。
ではどうなるかというと、とりあえず、この辺、読んでください。

租税過誤納金返還問題における民事責任論
http://repository.ul.hirosaki-u.ac.jp/dspace/html/10129/946/AA11349190_11_47.pdf

固定資産税等過納金相当額と国家賠償請求
http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/17427/1/nujlp_247_10.pdf

その昔、固定資産税の住宅用地の認定を巡って裁判がありましたが、この問題は、個別案件ではなく、制度の解釈・運用という構造的なものでした。
そうすると、裁判を起こした人だけが救済される、というのは、まあそういうものとはいえ、やはり、他の同様の人も解決する必要性が出てきます。
それが、裁判によらない返還の発端ではないかと思います(想像ですけど)。

で、それが、構造的でない個別案件にも使われるようになったのが現在の姿かな、と。
訴訟を起こされたら負けて返還することになろう、とは言えますね。

ただ、見方を変えれば、返さなくてよいものを返していたら、今日日は住民訴訟になりうる話です。
などと思っていたら、実際、こういう例もありました。

住民監査請求の結果
http://www.city.kumano.mie.jp/sisei/kansa/29/290515kansakekka.pdf

あと、過去の反省を踏まえ、今は課税明細の送付を行うようになっています。そうすると、以前であれば行政の一方的な誤りでしたが、今では納税者側の見逃しというのも出てきます。
過失相殺をどう考慮するかという意味では、名古屋市のやり方は、実は原則的です。

さて、税でではありませんが、行政が有責の場合に法律を盾に時効を主張するのはいかがなものか、といった論もあることですし、素朴な正義感に照らしても、訴訟を経ない返還は支持されると思います。
一方で、法文とのおさまりの悪さはぬぐえません。今後、制度的には、法文を改めることになるのか、あるいは、個別案件での返還を諌めることになるのか--

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Nihon Hikikomori Kyokai

巷で話題のアレ。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87281

ふと考えが湧いてきたのでメモ。

一般に、消滅時効は、権利を行使できる時から進行するという。
本件の場合、権利を行使できる時=契約成立時=勝訴判決時。
そうすると、権利を行使できる時はテレビ設置時に遡らない。
なるほど、理屈には合っている?

しかし、権利の発生と行使は表裏一体であるべきではないか。
権利の発生はテレビ設置時に遡る、というのは、バランスを欠く。
ここは、権利の発生も契約成立時から、とするのが素直ではなかったか。

しかしまた一方で、受信料を広く視聴者が負担するという公法的性格を重視すると、
支払“義務”の発生は、特段の理由がない限り、その根拠の発生時からであるべき。
そうすると、義務が生じる時はテレビ設置時に遡る。
なるほど、理屈には合っている?

その上で、特段の理由として、税のように時効の特則なり除斥期間なりが用意されていればよかったのだが、現行法にそうした規定はない。よって、免除にしようがない。
なるほど、理屈には合っている?

とはいえ、義務ならば定型大量の債権が生じるはずなのに、にもかかわらず、時効の特則などがないということは、現行法は、義務で成立する前提ではないのではないか。ならば、やはりこれは契約を基礎に、通常の権利の発生と同様に扱ってよかったのではなかったか。

推察してみたが、わかるような腑に落ちないような、なんとも収まりの悪い「あてはめ」である。

ちなみに、はてなブックマーク
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASKD55F2CKD5UTIL04Q.html
のコメントに、
>司法権として独立している最高裁に対しての怒りは筋違いで、君ら国民には立法府を通じて放送法を改正する権利があるんやで。
というのがあったが、言い得て妙で、司法はあくまで現行の規定・論理で紛争の解決をしようとするので、「こうなってしまった」。ように思う。

さて、かくなる上は、国会には、これを機に、規定をきれいにしていただきたいものです。
だいたい、アナログ2チャンネル・一家に一台・「見られなくする」方法がない時代の論理を使い続けているのは、立法裁量ではなく不作為なのでは。
遅くとも地上デジタル放送に完全移行した2011年には法改正は行えたというべきでありくぁwせdrftgyふじこ

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へんな気持ち

最近は官報のチェックもさぼりがちです。
そんな状況ですが、たまたま見た中に、こんなものを発見。

厚生労働省関係国家戦略特別区域法第二十六条に規定する政令等規制事業に係る省令の特例に関する措置を定める命令の一部を改正する命令(内閣府・厚生労働五)
http://kanpou.npb.go.jp/20171117/20171117g00249/20171117g002490004f.html

本則のみの規程を条建てに改める、新旧対照表方式での表現です。お納めください。

ちなみに、改め文方式での書きぶりの一例はこちら。

行政機関が行う政策の評価に関する法律第五条第四項の審議会等で政令で定めるものを定める政令の一部を改正する政令
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seirei49.html

さて、改め文方式に即して言えば、「本則を第一条と(する)」のですから、上記の新旧対照表方式の例では、[一~三 略]の部分も破線で囲まれるべきではないか、と思いました。

(なんでそういうトコ気にするかなあ...)

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受動喫煙の防止

ブログ 自治体法制執務雑感 で、受動喫煙に関する話題が上がっていました。
http://d.hatena.ne.jp/hoti-ak/20171020http://d.hatena.ne.jp/hoti-ak/20171102

受動喫煙が好ましくないことは一般に認知されたとして、次のステップはとなると、受動喫煙の積極的な防止でしょう。
法制化に当たっては、これに限らず、認知→機運、というのが必要ですけど、そろそろそういう時期でもあるのでしょう。

とはいえ、
副流煙すな(するな)、と書くのは簡単ですが、そう命じて構わないのか。
特に、自宅内の行為を禁じられるいわれがどこにあるのか(理屈を見出すのか)。

この問題、政策法務のお題としては、なかなかよい題材ではないでしょうか。
みなさんもぜひ考えてみてください。



……と、投げっぱなしにするのもなんですから、思いつく程度で少々書いてみます。

なぜ規制するか、規制が許されるか。

考え方のひとつは、望まない喫煙を加害行為のように扱ってはどうか。
そうであれば、自宅内の行為も規制対象にしうる。
都条例が児童虐待防止法を引用しているのは、そのような流れなのかな、と。
(だからといって、定義を引用する必要もないように思いますが)

また別の考え方としては、副流煙を有害物質のように扱うことでしょうか。
具体的には、濃度で線引きとか。
児童の半径何メートル以内において何ppmを超えてはならない、みたいな。
(家庭に計測機器があるはずもないので、そこは、みなし方で工夫)
あるいはまた、年間や瞬間の、許容される副流煙量を定めるとか?

ただ、このような考え方をとると、違反をおいそれと見逃せなくなるし、
罰則も、過料よりは罰金が馴染む気がします。

とまあ、そんなこんな考えますが、難しいですね。
変に理屈を考えるよりは、(ある種の)資源ごみの持ち去り禁止のように、とにかく「行為」を禁ずる、のほうがむしろいいんですかねえ。

ついでに、日経産業新聞の記事の感想ですが、
>路上規制している自治体と調整必要
の部分は、ちょっと意味を読み取れませんでした。
条例にも受動喫煙対策の役割を求める、のだとしたら、規制目的が異なるので、ヘンな話です。
これは、
法:受動喫煙はダメ
店:煙草は外で吸って
条例:路上は喫煙ダメ
喫煙者:どうしろと
という流れにおいて、
法:店舗外での一時喫煙は、条例の適用除外にしてよ
ということなんでしょうか? ありそうですけど、うーん、わからない。

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条例はどこまで・15

「議会が財源助言」条例案否決 滋賀・湖南市、全会一致で
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20170907000203

 条例案は「市社会保障の充実と財源確保を一体的に図るための改革の推進に関する条例(案)」。対象施策は「子育て支援および高齢者福祉の充実」に限定し、市と市議会は財源の確保を「具体的に積算し検討する」として、▽2017年度末までに議会が市へ助言▽18年度末で条例は廃止-などを定めていた。


 採決後、議員からは「いきなり条例ではなく今までのルールでもっと情報共有を密にすればいい」「予算のやりくりに限界を感じ、市長の(任期の)12年間の尻拭きを議会にさせている印象」などの指摘があった。
 谷畑市長は「委員会付託もなく十分な審議がないまま否決され、訳が分からない。社会保障の議論が今後できなくなる」と話した。


前段がこちら。

「議会が財源助言」条例案、反発も 滋賀・湖南市
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20170823000198

 滋賀県湖南市は23日、子どもの医療費や学校給食無料化など今後求められる社会保障施策やその財源の確保策について、市が市議会に情報提供し、市議会は期限以内に市に助言を行うことなどを定めた条例案を市議会9月定例会に提案すると発表した。


 市財政課によると、同市の経常収支比率は15年度決算で94・7%と県内市町でも悪く、必要な施策と財源確保策について「市と議会が共に汗をかいて考えようという趣旨の条例」と説明。谷畑英吾市長は23日の会見で「国の社会保障と税の一体改革を参考にした」と述べた。


議会側にも財政を考えてほしいというのは、まあ理解できる話ですが、検討するのによくあるのは、特別委員会でしょうか。
どんなしくみで行おうとしていたのか、条文で見てみたいなあ。

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新旧対照表方式の方式

インターネット版官報、
前ページへの移動ボタンが左、次ページへの移動ボタンが右 なんですが、
縦書き紙面には合ってないのでは。何度か間違ってしまいましたよ(プンスカ



昨日の 都市緑地法施行規則等の一部を改正する省令(国土交通四九)。
第五条の 建築基準法施行規則の一部改正 では、
範囲で特定する場合の例(破線で囲んだ部分)もあって、サンプルによい。
http://kanpou.npb.go.jp/20170802/20170802g00168/20170802g001680010f.html

昨日は、新旧対照表方式について、だいぶ定着してきた、と書きましたが、
細かくは、省庁ごとに違いが見られます。

平成29年7月18日(号外 第154号) は、違いのサンプルとしてよいかと。
特に4ページ。
http://kanpou.npb.go.jp/old/20170718/20170718g00154/20170718g001540004f.html

・条の追加・削除について、条番号のみ二重傍線で操作するものと、条全体を傍線で操作するもの。
  後者の方が、改正前後の違いを示す上で好ましく思います。ルールとしてもシンプル。

・条の移動について、二重傍線で操作するものと、傍線で操作するもの。なお、複数の条で「~」があるときに、二重傍線を引かない、傍線を引くも異なる。
  前者の方が、改めの操作とは異なることを意味する点で好ましく思います。後者は、複数の条を「第m条・第n条」と表記するような場合においては、実際にはそのとおりの条文はないので、ルールのシンプルさが逆に違和感を招くように思います。「~」に傍線を引くのもそう。

・略の部分について、(略)と、[略]。また、表中の[ ]の記載は注記である、との断り書きを付さないのと、付すのと。
  これは判定は微妙。言わずもがなで済ませてはいけない、という考え方が好きなれど、断り書きがつくのは、くどくて新旧対照方式のよさを損ねるような気がします。

新旧対照表方式を行ってみて、まずは省庁ごとにルールが収斂し、こうした中から、やがて、全省庁で共通な新旧対照表方式(コードネーム:品川くん)が立ち上が(略

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そうとしか見えない

都市緑地法施行規則等の一部を改正する省令(国土交通四九)
http://kanpou.npb.go.jp/20170802/20170802g00168/20170802g001680002f.html

だいぶ定着してきた新旧対照表方式。

第二条の都市公園法施行規則の一部改正では、
 第三条の二~第三条の六 が
 第三条の三~第三条の七 に
改められています。

さて、ここでクエスチョン。
改正前の中間の条、
 第三条の三、第三条の四、第三条の五
は、
 第三条の四、第三条の五、第三条の六 に変わっている
 第三条の三、第三条の四、第三条の五 のまま
さあ、どっちでしょう?

「改め」ではなく「移動」なので察しろということになりますが、
脳内補完に依存するところ大、かなあと。

ひねくれた見方をしてしまったら、もう、そうとは見えない。

追伸
別に、ケチをつけたいわけではなくて、こういうのもメタルールとして含意されていくのだろうな、という生暖かい目で見てます的な話。

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わかりやすさと正確さ

新旧対照表に関する資料として。(北のほうの方、情報ありがとうございます)

 明治以来の大改革を一歩ずつ (2017.03.02)
 https://www.taro.org/2017/03/明治以来の大改革を一歩ずつ.php
 (リンクは略)

新旧対照表が“変更箇所の表示”に優れることは論を待ちませんが、“改正行為”自体にも優れるかは、一歩引いて考えたいところです。そこ、混同されているのではないか。方程式は、グラフで表現できるんだから、数式はいらない的な。
何にせよ、「日本語しゃべれよう」的な圧は、苦手。



そんなにわかりやすいのがいいのなら、ポンチ絵や逐条を法令にすればいいじゃないかよう、と思うことはある。



紙面が余るときは、余談。

新旧対照表から改め文を書き起こす、と人は言うのですが、私の場合は、改め文を新旧対照表に落とし込む、といった感覚で作業していました。少なくとも、相互補完・同時並行的進行であったかと。
改め文に間違いがあったら何にもなりませんから、改め文の仕上げのほうに注力していましたが、そうした意識がもたらした感覚なのかもしれません。

ここがツイッターなら、アンケートをとってみたいところですが、まあ、私みたいなのは少数派なんでしょう。(改め文主体派、いらっしゃいます?)

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