半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

時々、思う

時々、国を見習いたいと思うのは、決まったことは何としても進めようとするところ。

時々、国に勘弁してよと思うのは、決まったことは何としても進めようとするところ。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

戦う機械

零戦が現代の空を飛ぶことを巡って、どーのこーの、あるようですけど、

考え方は人それぞれなので、そこはもう自由なんですけど、

私としては、「眠れマッハバロン」を聴いてみると、いいんじゃないかなって思う。

どう思えばいいか、腑に落ちやすいのではないかと。


追記(6/10)
改稿しました。
なお、私は、古い物が動いている姿に、素朴にすごいなー、と思うくらいです。
それを、浅はかだと思われるとしても、そこはもう、上記の唄のような気持ちでおりますので。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

マインスイーパー

あ。何か出た。

ms097.jpg

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

赤と青

世の中、議論を白黒で語りたい人が多くて息苦しい。
でも、そこで闘わせている意見は、実は、赤や青なんじゃないか。
赤だね。青だね。違うね。以上オシマイ。
互いに認めない、しかし正邪ではない。それで済ませばいいのに。

だけどそういう方々は、それならそれで、
互いに相手を自分の色で塗り潰さんとするのだろうなあ。
地獄絵図。それなんてスプラ(略

ちなみに、赤と青といえば、昔のみんなのうたに「オランガタン」という曲があって、
なかなか味わい深いものがあります。
放送にのらなかった歌詞があったそうで、これがまた、なかなか。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

執筆の神様

職業柄、文章を書く、資料を作成するということは、日常茶飯事である。

とはいえ、すんなり書けるか、難産になるかは、案件によってまちまちである。

難産に陥ったのち、ようやく筆が進むようになることを、個人的に
「神様が降りてきた」と呼んでいる。

つい先日も、とある難産の案件で、ようやく降りてきた。

さて、この神様の降臨、ないし召喚の条件だが、思うに3つあるような気がする。

1つ目は、資料の読み込み。兎にも角にも、仕込まないことには始まらない。
2つ目は、発酵。仕込んだ資料が関連づいて、全体を一体的に理解できるようになる。

ここに至れれば、あとは楽に書けるようになる。

3つ目は、実はこれが問題なのだが--期限を過ぎることである。

設定した期限の前に片付くのはまれであって、期限を過ぎた頃になってようやく神様はやってくるのである。なんでなんだろうね?

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

職業適性テスト/文章について

職業適性テスト
http://www.arealme.com/16types/ja/

仕事におけるわたしの性格は【思想家 (INTP)】タイプです


7年前にも別のサイトでやったなー。(そのときはINTJだった)



紙面がもったいないので、ちょっと自分語りでもしてみる。

若い時分、書いた文章に対して先輩から、
「これはウェットな文章だな」
と言われたことがある。

自分なりに熱意を込めて書いた文章だったが、
それは同時に、感情の入り混じった文章でもあったようだ。
そんなようなところの指摘だったと思う。

爾来、文章を書くときは、自然と感情を排すようになった。

厳密には、ウェットなのがいけないのではなく、場面の問題でもあったので、
文章の用向きによって書き分けるようになったという話でもある。
まあ、仕事上の文章のほとんどは、ドライでいくわけだけれど。

余談になるが、この意識は、他者の文章を読むときにも働く。
今年の4月、教育委員会の制度は新しい制度に変わったが、ある新聞は、「新制度、まだ○割」というような見出しをつけていた。
「新制度、○割」と数字だけでもよいのに、「まだ」を付すことで、遅れているというニュアンスを帯びる。制度の切替には経過措置もあるのに、新制度こそ正しいといわんばかりである。
こういった勘繰りが働くようになった。
事実の顔をした印象操作には気をつけなければならない。そう思っている。

もうひとつ余談を。
文章を書く上で意識しているのは、
簡潔に、できるだけ少ない分量で、しかしニュアンスは違えないように、
ということである。
この作業は、短歌や俳句の世界に近い。
適切なものがすっと出てきたときはいいのだが、出ないときはひたすら推したり敲いたりになる。
そんなものだから、2、3行のコメントに1、2時間かけることもままある。
(スマートにボケたいなどと思った日には、もう泥沼である)

書いたものは私の手を離れて伝わっていくが、どうか私の意図が過たずに伝わっていますように。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

学問の頂

先日、所用あって久々に『自治体法務研究』をめくっていたら、
確か自治体の職員であった方の肩書が、大学のセンセイになっていらっしゃった。
面識があるわけでもなく、また、今更の話ですが、新天地での御活躍をお祈りする次第です。

と同時に、やっぱり、できる人からいなくなるのかなあ、と、いささか寂しくも思ったり。



何であれ、ものごとを究めるのは難しい。

ものごとを学ぶ道筋には、距離だけじゃなくて、登山路のごとく傾斜がある。
そして、先に進むにつれ、傾斜はきつくなっていく。

だから、あるところまでは、割と行けるんだけれど、そこから先を詰めるのは厳しい。
7割わかったあとの残り3割、さらに進んで最後の1割。これを詰めるのは相当困難。
これを究めた(究めんとする)人だけが、一流なのだろう。

私は一流ではないなあ。
法的な方面に関して、いまいるここが、7合目だか5合目だかわからないけど、
仕事に十分な程度まで来れれば上々だ。

自分の知識が大まかで、これを人に恥じない程度に精緻にするには急坂が残っているのは、わかっている。根性が足りないのも。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

人生……

仕事で伸び盛りの後輩から
「半鐘さんなんて、追い抜いてやるですムキー」
と絡まれたいだけの人生だった。


なんでだか、そんな夢を見たことがあった。
そう絡んでくるような後輩がほしいということなのだろう。

旬を逃して書きそびれていた話だったが、今回のプリキュアを見て思い出した。(オイ
完璧と評され、もはや近寄り難い存在になっている生徒会長が
「わたしは完璧じゃないわ」
「あなたがバレエを教えてほしいって頼みに来たとき時、少しうれしかったのよ。
そういう子、いままでいなかったから」
等々と述懐するシーンに、妙に共感してしまった。
あ、もちろん、私は崇められたりはしてないんだけどね、
日々積み重ねてきて今日があるという思いはあるし、
後輩に、絡まれたい、絡んでこーい、という気持ちがどこかにあるんだね。
自分から距離を取るタイプのくせして、言うことじゃないけどね。

濃厚な人間関係は苦手だけど、
切磋琢磨しあうような善き先輩・後輩の関係は築いてみたい。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |

一寸の虫にも

昨日のような話に過敏に反応してしまうのは、

要は、プライドの問題なんだよね。

チンケな自治体にだってあるのさ。

国にとっては、自治体など虫けら同然なんだろうけど
(文言ではなんと言おうと、態度が物語っている)、

だけどね、一寸の虫にも、五分の消費税。

<訂正> 八分でした。

<再訂正> ちがう、そこじゃない。

(なお、元ネタはNHK教育「むしまるQ」)


やせ我慢 の反対は デブ大暴れ

というネタに、おもしろいなーと思ったりするわけですが、

地方に(優秀な)官僚を派遣 の反対は 地方にいる公務員は[ピー]

って思ってるんでしょう? などと勘繰りたくもなる。



地方のプランを「さあ出せ、期限までに出せ」と言ったら、

人口を奪い合うタイプの事業ばかりがずらりと並んだ……

というのでは悲喜劇。せめて、そうならないことを願う。

独り言 | コメント:2 | トラックバック:0 |

200000

アクセスカウンターが200000を超えました。

ちなみに、1日の来場者数は、月曜日は180人、火-金は120人くらいといったところです。(主宰者調べ)

それにしても、よくも続きましたねえ。我ながら驚き。

ヒカルの成長に目を細める佐為の気分です。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME |NEXT