半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

ズサンだなあ

岡崎市立中央図書館:利用者情報163人流出
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100928k0000e040040000c.html

 愛知県岡崎市立中央図書館は28日、利用者163人分の個人情報がインターネットなどを経由して外部に流出したと発表した。05年6月末時点で図書の予約や返却延滞をしていた一部の利用者の名前や年齢、電話番号、借りた本の題名、貸出日などが流出した。

 ソフトを開発した三菱電機インフォメーションシステムズ(東京)によると、同図書館が最初のソフト販売先だった。岡崎市の利用者の個人情報を誤って残したまま、ソフトをほかの全国37の公立図書館に販売してしまったという。宮崎県えびの市と福岡県篠栗町の図書館のホームページ(HP)から、岡崎市の個人情報159人分がダウンロードされたことが確認された。

 同社は「個人情報の取り扱いが不十分で、誠に申し訳ない」と陳謝し、岡崎市立中央図書館は「多大なご迷惑と心配をかけ、おわびする」とコメントした。

 同図書館では今年8月、ソフトの古さが原因でHPの閲覧が困難になる問題も発覚している。【中村宰和】

毎日新聞 2010年9月28日 12時33分(最終更新 9月28日 13時28分)


× …同図書館が最初のソフト販売先だった。岡崎市の利用者の個人情報を…
○ …同図書館が最初のソフト販売先だったが、岡崎市の利用者の個人情報を…
少なくともこのくらいはしないと、文章がつながらない。

× 岡崎市立中央図書館:利用者情報163人流出
○ 三菱電機インフォメーションシステムズ:顧客先個人情報163人分漏洩
要素としては事実でも、主因を表現しておらず、誤認させるのではないか。

ズサンだなあ。(←そっちかい ←そっちです

【比較用】
岡崎市図書館の利用者情報流出 業者ミスで159人分
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2010092890152647.html

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地方債の発行自由化

【菅改造内閣 閣僚に聞く】地方債発行の原則自由化を指示 片山善博総務相
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100927/plc1009271801011-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100927/plc1009271801011-n2.htm

【地方債の発行自由化】検討を指示している。今の非常に硬直した地方債への(国の)関与は変えないといけない。ただ、(国の関与が)まったく何もなければいいかというとそうもいかないので、国際標準に合う、リーズナブルな関与の仕方に変えていかないといけない。



地方債の発行自由化を想像して、何点か。
別に、たいした話はしませんが、私くらいしか書かないだろうから。

赤字地方債について

現在、純然たる赤字地方債(資金不足の単なる穴埋め)は許されていません。それは、今後も続けた方がよいと思います。なぜなら、自治体は、容易に赤字地方債に頼りかねないし、その挙句、財政破綻しかねないからです。自治体が住民の要望に抗して自制できるかというと、心許ないと思っています。

そういった自治体が自滅するとしても自己責任だろう、という考え方も可能です。しかし、自治体がひとつでも破綻すれば、自治体の信用力は低下し、地方債の調達コスト(金利)が上がってしまうことが懸念されます。そうなると、ことは一自治体のだらしなさでは済まず、他の自制できる自治体全体の不利益になってしまうでしょう。

自治体の信用力と金利について

先ほど自治体の信用力という言葉を使いました。金融機関にとっては、自治体向けの貸出は優良債権です。なにしろ、倒産して貸し出した資金が回収不能になることがありません。リスクウェイト0です。回収不能のリスクがなければ、金利もほどほどにしてもらえます。そもそも、担保もなしに貸してもらえるのは、絶対ともいえる信用力があってこそです。投資家が公募債を買う場合においても、信用力は大切です。

さて、地方債の発行が自由化されると、自治体は分を超えた借金をするようになるかもしれません。そうした仮定が働くとすれば、金融機関は、自治体の個々の返済能力を値踏みするようになるかと思います。例えば、地方債計画(引き続き存在するとして)の計画内の地方債と計画外の自由発行の地方債とで金利に差をつけるとか。いや、政府保証があるわけでもなし、単純に、自治体の財務状況の良し悪しに応じて金利に差をつけるようになるかもしれません。財務状況が悪いと、足元を見られるかも?

なんにせよ発行の自由下においては、信用の維持が重要になると思っています。ですから、制度全般においては破綻リスクの排除が求められると思いますし、また、個々の自治体においては財務状況の健全性維持が自ずと求められてくるのかなとも思います。

調達先の自由化について

自由に選べるようになりますかね。
選ばせてもらえるかという問題もありますが。

余談

自動販売機コーナーは目的外だからって、面積按分で事業費から控除するのは面倒だお。(都市伝説)

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ニュース雑感(2010/9/26)

ニュースというより、記者会見への雑感になります。

片山総務大臣初登庁後記者会見の概要(平成22年9月17日)より
http://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/02koho01_02000128.html

地方自治法改正について

 地方自治法の改正についても、既に検討の枠組みがあって、そこで議論が重ねられて、それが一定の成果として出てくると思いますので、それは基本的には尊重することになると思います。その上に、私もそのメンバーに入りますから、ですから、その中に自分の考え方も反映させていきたいということですね。その際にどういう考え方を反映させるのかということですけれども、それは、もうこれは私の持論ですけれども、地方自治というのは、国と自治体との関係、国と団体との関係において、自治体の権限とか、判断権とか、決定権、自由度、そういうものを強くするという意味での団体自治の強化というのがあります。もう一つは、団体の中で住民の意思ができるだけねじれないように、ストレートに反映させるような仕組みを作る。これ住民自治の強化と言いますけれども。これが二つの、車の両輪となるということが理想だと思います。で、従来、どちらかと言いますと、その前者の方の団体自治の強化をずっとやってきているわけです。それは、例えば権限移譲だったり、それから関与の廃止、最近では義務付け・枠付けの撤廃とか、それから一括交付金化もそうですけれども、その財源の、できるだけ自由度を高めるという、自由な財源を増やすという、これすべて団体自治の強化なのですね。これは必要です。ですけれども、同時に、その車の両輪である住民自治の強化というのは必要ですから、それをできるだけ織り込んでいきたい。では、それは具体的に何かというと、さっき言われたような住民投票というのも一つの手法だろうと思います。それを、仮に取り入れるとしたらどういう形がいいのかというのは、これかなり単純で無い問題も有りますけれどもね。住民の政治参画機会の拡大を図るという意味では、住民投票は一つの手法なのだと思いますね。後、例えば、アメリカとかそういうところの地方自治を見ると、必ず歳出と歳入というのはこう連動するわけですよね。当然なのですけれども、仕事をたくさんすれば税が増えるという。仕事をやめれば税が減るという。だから、ちょっとこうオーバーに言えば大きな政府か、小さな政府かというのを自治体ごとに選択をするというのが、これ地方自治の一つの原点なのですけれども。日本の場合は、これまで税率が固定していますよね。そういうもので果たしていいのかどうかという、そういう問題意識もあるわけですよ。そうすると、税率がチェンジャブルになって、変わることによって住民の意思がそこに入って、「いや、それぐらい税金が高くなってもいいから、もっと仕事して。」という選択になるのか、それとも「そんな税率を高くするくらいなら仕事をもっとやめてください。」という選択になるのかという、これも広い意味での住民の政治参画機会の拡大になりますよね。そんなことも含めて、住民自治の強化というものを検討すべきだろうと思っています。

住民自治の強化。確かに課題です。
議会制度であれ、大きな政府・小さな政府であれ、また職員数であれ、地方自治について自分であれこれ考えながら、どうもこう、モヤモヤするものがあったのですが、正体がつかめたような気がします。そうか、住民自治か。なんだ、住民自治だったか。なんでその言葉を忘れてたかなあ。

もう一点。
片山総務大臣閣議後記者会見の概要(平成22年9月21日)より
http://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/02koho01_02000129.html

A市問題について

議会としては、例えば、法律にはないのですけれども、緊急避難的というか、正当防衛というか、緊急避難になるのでしょうか。自分達で集まると。自己招集をするという、そういうことだって本当はあり得るのです。だって、ほかにすべがないのですからね。そうすると、その議会の正当性というのは、後で問われるかもしれない。司法の場で争われるかもしれないけれども、多分今回のようなケースだったら、そういう自分たちで集まった議会というのは、正当性有りというふうに、司法の場では認定されると、私なんかは思うのですけれどもね。そういうやり方はあったと思います。

法にない事態が起きているならば、法にない方法で対処することもありか。
むー、是非はともかく、発想に脱帽。

片山大臣、さすがというか、やはりというか、刺激になります。

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釣り禁止

釣り行為を禁止したいとき、既存の法令には、何かなかったでしょうか。
条例制定における基本なので、一応、おさらいしてみようかと思います。

まず、通行人に対する危険を防止するという観点であれば、道路交通法が思い浮かびます。

道路交通法
 (禁止行為)
第七十六条 何人も、信号機若しくは道路標識等又はこれらに類似する工作物若しくは物件をみだりに設置してはならない。
2 何人も、信号機又は道路標識等の効用を妨げるような工作物又は物件を設置してはならない。
3 何人も、交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置いてはならない。
4 何人も、次の各号に掲げる行為は、してはならない。
 一 道路において、酒に酔つて交通の妨害となるような程度にふらつくこと。
 二 道路において、交通の妨害となるような方法で寝そべり、すわり、しやがみ、又は立ちどまつていること。
 三 交通のひんぱんな道路において、球戯をし、ローラー・スケートをし、又はこれらに類する行為をすること。
 四 石、ガラスびん、金属片その他道路上の人若しくは車両等を損傷するおそれのある物件を投げ、又は発射すること。
 五 前号に掲げるもののほか、道路において進行中の車両等から物件を投げること。
 六 道路において進行中の自動車、トロリーバス又は路面電車に飛び乗り、若しくはこれらから飛び降り、又はこれらに外からつかまること。
 七 前各号に掲げるもののほか、道路又は交通の状況により、公安委員会が、道路における交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれがあると認めて定めた行為

道路交通法第76条では、禁止行為を定めています。
具体的な行為については第4項で列挙し、さらに細部は公安委員会に委任しています。

福岡県道路交通法施行細則
 (道路における禁止行為)
第21条 法第76条第4項第7号に規定する道路における禁止行為は、次に掲げるものとする。
 (1) 交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に突き出すこと。
 (2) 道路に、みだりに交通の妨害となるように泥土、汚水等をまき、又はガラス片、くぎ等を捨てること。
 (3) 牛、馬、綿羊等の家畜を道路に放し、又は交通の妨害となるような方法でつないでおくこと。
 (4) 交通の頻繁な道路において、乗馬又は自転車の運転の練習をすること。
 (5) 道路において、みだりにたき火をすること。
 (6) 道路にみだりに、車両等の運転者の眼をげん惑するような光を投射し、又は視界を妨げるおそれのある煙、粉じん等を発散すること。
 (7) 車両(大型自動二輪車、普通自動二輪車及び原動機付自転車を除く。)に乗車して、交通の危険又は妨害となるような方法で、みだりに当該車両から身体若しくは物を突き出し、又は物を車外で振り回すこと。
 (8) 道路において、みだりに発煙(炎)筒、爆竹その他これらに類するものを使用すること。
 (9) 道路において、交通の妨害となるような方法で魚釣り、投げ網その他これらに類する行為をすること。
 (10) 大型自動二輪車、普通自動二輪車又は原動機付自転車に乗車する場合(運転する場合を除く。)において、交通の危険又は妨害となるような方法で、みだりに身体を突き出し、又は旗、鉄棒その他これらに類する物を突き出し、若しくは振り回すこと。

福岡県は、魚釣りは禁止していますね。
都道府県によって、魚釣りは、あったりなかったりです。ちなみに、兵庫県にはありません。
ところで、歩道・路側帯は、道路に入るんでしょうか、入らないんでしょうか?

なお、罰則もあります。

道路交通法
第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。
 (略)
 九 第七十一条(運転者の遵守事項)第一号、第四号から第五号まで、第五号の三、第五号の四若しくは第六号、第七十一条の二(自動車等の運転者の遵守事項)、第七十三条(妨害の禁止)、第七十六条(禁止行為)第四項又は第九十五条(免許証の携帯及び提示義務)第二項(第百七条の三(国際運転免許証等の携帯及び提示義務)後段において準用する場合を含む。)の規定に違反した者
 (略)



では、船舶に対する危険の防止の観点についてはどうでしょうか。

刑法に往来妨害罪はありますが、さすがにそのレベルではないでしょう。
今回は、特に河川におけるものを探す必要があったわけですが、結局、これというものはありませんでした(…ていうか、あったら困るんですが。でも、もしありましたらお知らせください。)

ただし、条例での規制例はあるようです。罰則も可能。

東京都水上取締条例
第三十七条 ちり又は汚物を水上に投棄したり、交通の妨害となる場所で遊泳、、網打等をしてはならない。
第四十条 第四条から第三十三条まで若しくは第三十五条から第三十八条までの規定に違反した者又は第三条若しくは第三十四条の規定に基づく命令に違反した者は、三万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

福岡県、兵庫県には、私の見落としでなければ、水上の条例はないようです。

ここで、赤穂市の条例を見てみましょう。

 (目的)
第1条 この条例は、赤穂海浜大橋(以下「大橋」という。)において魚釣りを禁止することにより、千種川を航行する漁船、釣船その他の船舶等に乗船する者の安全を確保することを目的とする。

なるほど、「乗船する者の安全」。船が橋の下を通過するとき、釣り糸が垂れてたら危ないですよね。

さて、考える材料は提供したつもりですので、以上でおしまいにします。

追伸
正直、引っかかりは感じるのですが、なにぶん不明な点もありますので、差し控えます(ということです)。

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条例はどこまで・5

橋からの釣りに罰金条例 福岡・芦屋町(西日本新聞)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/199129

 福岡県芦屋町議会は22日、町内に架かる3つの橋からの魚釣りを全面禁止する条例案を全会一致で可決した。11月1日に施行され、町職員の中止指示に従わない釣り人には最高2万円の罰金を科する。町によると、同様の条例は兵庫県赤穂市にあるものの全国的に珍しいといい、「九州初ではないか」としている。


珍しいですね。どんな条文だろう?

…と思ったら見られました。(パブコメ時点のものですが)
芦屋橋等魚釣り禁止に関する条例(素案)などに対する意見を募集します。(終了しました。)
http://www.town.ashiya.lg.jp/navigate/public/mu1/bin/view.rbz?cd=814

あらまあ、シンプル。

赤穂市のも見てみましたが、概ね同じようですね。

シンプルだけど、コメントするには手強いのでパス。(きちんとしたことを言うには、いろいろ調べなければなりませんので。)

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埋もれすぎだろう

はい、ボカロです。興味のない方には、すいません。

先日の連休以来、気に入ってて、ヘビーローテです。

きっかけがこの曲。
巡音ルカさんにバラードを歌っていただいた 「ブルー スノー」
美しいです。この曲が再生数1万も行ってないとは、埋もれすぎだろう。


同じ作者さんです。ギターがいい! この曲が再生数1万も行ってないとは、以下同文。
初音ミクにギターロックを歌っていただいた 「Promised Day」


これもナイス。フレーズのキャッチーさは才能か。
[初音ミク]フレンズ[オリジナル]


どっぷりつかっていたのは上3曲ですが、4作目のこれもきれいです。安定の出来。
[初音ミク]スターフォール[オリジナル]


5作目のは、ちょっと私の嗜好からは外れるんですが、ここまできたら紹介しちゃう。
[鏡音リン・レン]マイラストサマー[オリジナル]


埋もれてる曲はいくらもあるんだろうけど(すべてを聴けるわけもなし)、同じ作者でことごとく埋もれてるっていうとね、ちょっと宣伝してみたくなるわけです。
もしかしたら既存の曲に似てたりするのかもしれないけど、あたし知らないもーん。

あと、曲の嗜好は人それぞれですので、その辺はほっといてくださいましね。

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街場のメディア論・おまけ

本が売れない構造を見て、CDが売れないのも同じ構造だなあと思った。

現代人は「社会の諸関係はすべて商取引をモデルに構築されている」と考えています。一方に売り手がいて、他方に買い手がいる。それが市場を形成し、そこで商品やサービスと貨幣が取り交わされる。そういうスキームに即してすべての社会関係が考想されている。-p.107

音楽業界は、著作権を勘違いした。
楽曲に「あらかじめ」価値があると考えた。
音楽業界は、楽曲を「商品」にしてしまい、聴き手を「消費者」にしてしまった。

「消費者的にふるまう」というのは、ひとことで言えば、「最低の代価で、最高の商品を手に入れること」をめざして行動するということです。-p.78

消費者が商品に擦り寄らないというのは、当然の帰結。
楽曲が売れる「べき」ものである・はずであるなど、売る側の妄信である。
そうやって、いない「外部の犯人」を捜して、呪い続けてればいいさ。

私はボーカロイドという機械音声のCDをときどき買います。
無料でも聴けるものを、なぜわざわざ買うかといえば、創り手への御礼なんだと思う。
(内田先生の本を読んだから言うんじゃないよ? 素朴に、そう思うんです。)

楽曲が、「素敵な贈り物」に戻りますように。

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街場のメディア論

『街場のメディア論』(内田樹、光文社新書)読了…から、もう一月経っちゃった。

旧来のメディア、特に新聞は、自らを価値あるものとして宣伝することに必死です。
NIEとか、もうね。
メディアリテラシーの第一歩は、「新聞を疑う」ということなのに。
また、旧来メディアがする批判の薄っぺらさには、怒りを覚えるレベルです。
特にテレビがひどい。
ちょっと下調べをしたらそういう言葉は出ないだろう、というようなレベルの批判を平気でする。

私自身は、そのような認識に至っておりますので、本書が語るメディアの劣化ぶりや、その見立てには、いちいち首肯するところです。
そしてこれが、メディアだけが劣化しているのではなく、現代人の変質と無縁ではないとつながるところが、内田節の魅力です。
なお、授業のテープ起こしに加筆ということですが、こんな授業なら、受けてみたい。学生さんたちがウラヤマスィ。


さて。
メディアの凋落の要因として、自己批判性の欠如が挙げられるが、その根底には、メディアの存在が既定であり、自己の存在を疑わないことがあるとの見方。

「テレビはあって当たり前」だと、たぶん彼らは思っている。テレビが存続しなければならないこことの挙証責任は自分たちにはないと思っている。
(略)彼らがものごころついたときにはすでに存在したものについて、「それはなんのために存在するのか? 存続する甲斐のあるものなのか? 存続させるとしたら、どのような手立てを尽くすべきなのか?」というラディカルな問いがありうるということを、当事者たちはたぶん知らない。あるいは知っているけれど、知らないふりをしている。-p.47

これは、お役所・公務員に関しても共通するのではないかな。こういうラディカルな問いにさらしてみなければ、新しい考え方は出てこない気がします。(議会とか、都道府県とか。)

メディアの「暴走」というのは、別にとりわけ邪悪なジャーナリストがいるとか、悪辣なデマゴーグにメディアが翻弄されているとかいうことではありません。そこで語られることについて、最終的な責任を引き受ける生身の個人がいない、「自立した個人による制御が及んでいない」ことの帰結だと僕は思います。-p.94

こっちは、お役所の政策の「責任の所在が不明」に通じるかな。
う、まずい、メディアの劣化ぶりを批判している場合ではない気がしてきた。


その他、医療事故を巡る報道の構造や、クレーマーとの関係、また、教育改革に加担する意味など、なるほどなあと思わされます。いろいろ紹介したいのですが、長くなるからパス。
あとは、ちょっとしたところを何点か。

著作権についても話がありますが、その中から、権利がクリエイターから遊離する件について

ジョージ・A・ロメロという映画監督をご存知ですか。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(Night of the Living Dead,1968)などのゾンビ映画の巨匠(というかジャンルそのものの発明者)です。
彼のゾンビ映画初期四部作は歴史的名作ですが、ロメロ自身はその続編を撮ることができません。「他人がコピーライトを持っているからその続編を撮ることができない」のだそうです。-p.140

kei-zuさん向きでしょうか。

電子書籍に対して、書棚の力について

自分の本棚は僕たちにとってのある種の「理想我」だからです。「こういう本を選択的に読んでいる人間」であると他人に思われたいという欲望が僕たちの選書を深く決定的に支配しているからです。-p.150

「いつも読むから」手元にあるんじゃないんです。「いつか読まねば」と思っているから手近に置いて、そうやってわが身を叱咤しているわけです。-p.153

あー、なんか納得(趣味全開で見せらんないけど)。蔵書欲というのはこの辺から来るのかもしれません。

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月の剣の物語

『月の剣の物語』(かとうじゅんこ、理論社)の感想。

この話は、大人へのなりかたの話でもあるんだけど、読んだ子はそれに気づくかな。
子どもにとっては、魔物の秘密のほうが大切かな。
さて、私は子供という年齢ではないから、大人の方からの話をしよう。(中身はガキだけどね)


大人が「一人前」になるには、どのような道をたどるのか。

師匠を見いだして、習う。上達し、慢心し、失敗する。
しごとをするには、しごとに対するおそれ(敬虔さ)が必要だと知らねばならない。
そうして続けているうち、ある日、ふと、師匠に教えられてきたものの意味が突然にわかる。「わかる」というのは、パズルのピース(かけら)が、はまるような感覚。あるべき位置がわかると同時に、つながるということ。
そうなるのが、「一人前」である。

ただ、「一人前」の先には、「名人」がいる。
「一人前」になって初めて、師匠との距離が、はるか先にいることが、理解できる(実感する)。
ここからが、師匠を追う本当の始まりでもある。

さて、「一人前」になったからといって、パズルが完成したわけではない。
ときに、はまらないままのピースもある。
大人だって、立ち止まって進めなくなってしまうことはあるんだ。
そんなとき、ほんのちょっとしたきっかけで、例えば、誰か(この本では、小さなうさぎ)と話すことで、パズルのピースがはまることがある。
自分のしてきたことの意味が、つながって、そうして、また動き出せるようになる。

…と、そんなことを感じました。

作者には、そんなつもりはないかもしれません。
でも、読者は「勝手に学んで」しまえる。少なくとも、私は。

名剣を作る、きつつきの親方の言葉。

「先代から剣の作り方は何もかも教わった。でもそれと、持ち主を選べる剣を作れるかどうかはまったく別のことなんだ」
 気むずかしい親方が、めずらしくため息をついて言った。
「剣作りの技を受けついだ時は、名誉にも感じ得意でさえあったが、最近は、その重さを感じるようになった。それをやっきになって弟子たちに伝えようとしてきた」

このあたりは、条例づくりに通じるものがあると思います。例えば、条例は書けるようになったけど、それが、魂がこもった、真に役立つものになっているかはまた別の話。(最善は尽くしてますよ。だけど、「もっとできたんじゃないか」感はいつもつきまとう。)

あと、師匠のありがたさについて、この一節が沁みます。

「まあ、そんなところだ。でも、だれかが自分のことをいつも見ていてくれて、曲がったことや外れたことをした時にちゃんと気づかせてくれることは、とてもありがたいことなんだよ」
「そうかしら」
(略)
「そうなんだよ。その時はわからないんだ。でもそういうのは後になってからわかるんだ」

嗚呼、師匠が欲しい。

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「障害」の表記

「障害」の表記については、諸論あるところ、次のような意見募集が9月10日から始まっていた模様。

「障害」の表記についての意見募集
https://form.cao.go.jp/shougai/opinion-0004.html

 障がい者制度改革推進会議の第一次意見を踏まえ、推進会議の下に設けられた「障害」の表記に関する作業チームでは、「障害」の表記についてどのような表記とすべきか検討を始めているところですが、今後の議論の参考とさせていただくため、「障害」の表記について国民の皆様から広くご意見を募集いたします。

フォームで集計したいとはいえ、できれば、e-govのパブコメの方でも告知いただきたいところ。


で、それを見て、少し前にあった記事を思い出しましたので、貼っておきます。

「障がい」表記で意識向上不十分 京大院生調査(京都新聞)
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20100812000087

 障害者を「障がい者」と表記したときの受け止め方の変化を、京都大教育学研究科の大学院生、○○○○さん(25)が学生にアンケートして調べた。障害者とかかわるボランティアを経験した学生には「頑張っている人」などのイメージが強まったが、経験のない学生には変化がなく、「表記を変えるだけでは不十分」という。

「障がい」に反対する意図はありませんので、為念。着眼点がおもしろいな、思ったんです。

追記(2016/1/1)
後段の引用中、個人名は削除しました。

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発達障がい者に対する療育手帳の交付について

行政苦情救済推進会議の意見を踏まえたあっせん等(1 緊急人材育成支援事業における訓練・生活支援給付金の支給要件の見直し、2 発達障がい者に対する療育手帳の交付について)
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01hyoka03_01000002.html

 当省では、総務省設置法(平成11年法律第91号)第4条第21号に基づき、行政機関等の業務に関する苦情の申出につき必要なあっせんを行っています。
 この度、当省に対し、「甥が発達障がいのため、人とのコミュニケーションが上手にとれないので、療育手帳の交付申請をしたが、知能指数が基準の75より高い76であるという理由で却下された。社会生活に適応できないのに、知能指数が基準より1高いだけで手帳が交付されないことに納得できない。知能指数が高い発達障がい者も手帳の交付を受けられるようにしてほしい。」との申出及び「私が住む県では、知能指数が高い自閉症などの発達障がい者には、知的障がい者を対象とする療育手帳は交付基準に該当しないとして交付されないが、他の県や政令市では交付されている例があると聞いた。療育手帳の交付に当たっては、全国の発達障がい者が平等に手帳の交付を受けられるよう、交付基準を統一してほしい。」との申出がありました。



身体、精神の手帳は法定であるのに、知的は法定ではありません。
知的障害者の支援がナショナルミニマムであるならば、支援の基準となる障害程度は、法定化されるべきだと思います。

その際、考慮していただきたいのは、知能指数の評価のほかに、日常生活上の困難さの評価です。支援の必要性は、知能指数だけに比例するわけではないと聞きます。
そこで、今後の療育手帳のとるべき方向については、2つ考えられます。
ひとつは、知的障害のみを改め、日常生活の評価を取り入れた基準とすることです。
もうひとつは、知的障害のみとする現行制度を維持することです。必ずしも変えなければならないということはありません。ただ、そのときは代わりに、発達障害に係る新たな手帳制度を用意することが望まれましょう。
(発達障害というと大きな括りを、あまねく手帳制度の対象とすべしという趣旨ではなく、日常生活上の困難を有する一群がフォローされることを望むものです。)

この機会に、腰を上げていただきたく、謹んで申し上げます。

追伸
国は、ときどき、「国が責任をもって進める必要がある」みたいなことをおっしゃいますよね。
基準の法定化は、その対象だと思います。知的だけは地方、などと、のたまいませんよう。

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ここは天国じゃないんだ

地獄も天国も、食事は同じなんだってね。

ご馳走の載せられた大きな大きなお皿と、身の丈ほどの長い箸がある。

地獄では、そんな長い箸で自分で食べようとするけれど、うまくいかなくて、いつも飢えている。
天国では、そんな長い箸で、お互いにほかの人の口に運んであげるから、食べられて、満ち足りている。

世の中が、自分の職場が、どうしてうまくいかないのだろうと思うとき、ふと、この話を思い出します。



どこで聞いたんだっけ。
ネットで検索したら、禅僧の山田無文さんの法話らしいけれど、おかしいな、そんな触れ方をした覚えはない。




あれ、ひょっとして。
あった--ッ 『エースをねらえ!』 だったyo!

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こくせい!!

国勢調査のお知らせ (ラジオスポットCM)
http://www.pref.kyoto.jp/broadcast/radio-cm.html

参考
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/game/100904/gam1009041840000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/science/science/100909/scn1009090846003-n1.htm

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失職の特例

職員失職に特例 9月議会で条例改正へ 那須塩原(下野新聞)
http://www.shimotsuke.co.jp/journal/politics/council/news/20100820/369691

【那須塩原】市は職員の失職に関し特例を設けるための条例の一部改正議案を9月定例市議会に提案する。地方公務員法では禁固以上の刑罰を受けた職員は失職する定めになっているが、一定の条件を満たせば失職せずに済む仕組みを設ける。

その後、可決されたようです。

あらためて各自治体の分限条例の規定振りを見てみると、微妙にバリエーションがあって、対象が、
 公務上の過失による事故と、
 通勤上の過失による交通事故と、
両方だったり片方のみだったりします。あるいは、「過失」の文字がなかったり。
ちなみに、条文の見出しは、(失職の特例)と(失職の例外)の2種類がありますが、4:6くらいで後者がやや多し。

ただ、この条項、設けておけばいいというものではありません。

逐条地方公務員法には、こうあります。

なお、交通事故を起こして有罪の判決があった職員について、平素の勤務成績を勘案して情状により失職しない旨の特例条例を設けることは、一般的には適切なものとは考えられないとされている(行実昭和三四・一・八自丁公発第四号)。(p.546)



禁錮刑というのは、そうなるだけの重篤な結果と、相応の態様があってのこと。

失職を免れるというのを、遺族の処罰感情は許すのか。

例えば、業務上過失致死で禁錮の判決が出たふじみ野市プール事件ですが、その判決文を読むと、禁錮になるだけの「重み」というものを感じます。

前任者の時代から不備はあったのだし、という弁護に対し、

他の者にも責任があるからといって,被告人の過失責任自体が小さくなるいわれはなく,本件では,そのような無責任な管理態勢,執務慣行等の中で,被告人自身が何をしたのか,あるいは,し得たのかということが問われているのであり,その点を踏まえた上で,被告人の過失が重大であると判断されることは既に述べたとおりである。(高裁判決、PDFのp.11)

としています。
これが裁判官の、ひいては世間の見方なのでしょう。
この事件で、この条項があったら、市は適用したでしょうか。

もちろん、失職しないで済むほうが助かります。
特に、自動車の場合は、重篤な結果を起こしやすいですし。
(なので、運転手の職がある団体では、この条項は歓迎されるでしょう。)

みなさんの「正義」は、どうしたいですか?
私は迷います。

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パス1

電子投票1回パス 来春の市議選 白石市議怒りの条例改正案(河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/news/2010/09/20100903t13017.htm

 市長選・市議選の電子投票条例を2002年に制定した白石市で、来春の統一地方選で実施される市議選(定数21)には条例を適用せず、従来の自書式投票とする条例改正案が2日、市議会9月定例会に議員提案で提出された。電子投票が各自治体に浸透せず、コスト面の負担が重いことなどが理由。提案した市議は「電子投票を積極的に推進しようとしない国に猛省を促すため、1回休むことにした」と説明している。


ほほう。



電子投票で思うのは、停電対策をどうするのかな、ということです。
瞬間的な停電ではなくて、地域レベルで長時間ダウンしたときね。
架線の切断など、起きるときは起きますでしょ? 万が一も想定しておくのが危機管理。

市町村の選挙ならやり直しもできましょうが、国政選挙だとどうなんでしょう。
(そこへ行くと、紙だと、どうにか続けられるんですよね。)

べつに、やらない理由を探してるわけではなくてですね、
「何かあったとき」の覚悟がきちんとできているのか、そういう興味です。
最悪、データは壊れるのですから。


この手の話は、だいたいが、開票コストの削減から来ているのですけれど、
コストを縮減したいのなら、その方法は、電子投票だけではありません。
例えば、記号式。
例えば、マークシート。以前、kei-zuさんが取り上げてましたね。
(マークシート方式の投票方法 http://d.hatena.ne.jp/kei-zu/20091026/p3
要は、機械的に読み取りやすくすることで、状況はぐっと改善します。(疑問票も減ります。)

もちろん、いくつかの問題はありますが、対処すればよいだけのこと。
印刷の時間が必要なら、投票開始までの日数を空けるようにすればよい。
比例代表と個人名の併用ができないなら、やめればよい。

逆に考えれば、問題に対処して実施するよりも、自書式がいいから変えない。
印刷での配置で有利不利が出ることもない。
比例代表と個人名の併用もできる。

もう一度言いますが、コストは下げられるんですよ。だけど、(政治家さんは)やらないみたいなの。

そんなわけですから、開票事務の手当を目の敵にするのは勘弁してください。←そこかい


追記(2012/12/10)
実は、国で記号式投票が導入されていた時期が一瞬だけあったそうな。
詳しくは「法学セミナー」2012年9月号の吉田利宏氏の法令エッセイを御参照ください。
平成6年のことだそうですが、ただ、その後、すぐに自書式に戻ったそうです。

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幸せなのは

してはならないことや、するに当たっての手続を、だいぶ覚えた。

そういう目を以って見ると、危ないものが見えてくる。

例えて言えば、道に穴が開いているのがわかる。

穴の開いた道を歩くのは危ない。人が歩いているのを見ると、ヒヤヒヤする。
私なら、慎重に歩く。(あるいは、穴を埋めることもあるだろう。)

でも、穴がないと思って歩いているほうは--前回書いた「信号なにそれ?」というような人は--、まったく平気だ。
IYH! ずんずん歩く。

ものを知るほどに、不自由になる。
どちらが幸せなのだろうね、と苦笑い。


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知らないことはわからない

「赤信号、みんなで渡ればこわくない」というのは、厳に慎むべきことです。

「え、信号あったっけ?」…まあ、そういうこともありますわね。結果は問われますが。

足寄町 議決経ず物品購入 パソコンなど2700万円分-北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/246219.html

【足寄】十勝管内足寄町が今年1月、地方自治法と町条例で義務付けられている町議会の議決を経ずに、パソコンなど2700万円分を購入していたことが、13日分かった。(略)
 同法などで、予定価格が1200万円以上の物品購入には町議会の議決が必要。


市議会の議決得ず購入 市議会全協で報告、謝罪 さくら市教委(下野新聞)
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20100823/371184

【さくら】市教育委員会が市議会の議決を得ず、教職員用のパソコンなど130台(総額約3600万円)を購入していたことが、23日の市議会議員全員協議会で明らかになった。地方自治法や市条例によると、2千万円以上の物品購入の際は議会の議決を得ることになっている。(略)
 市教委の説明によると、パソコンは国の緊急経済対策事業の一環として、国庫補助金や地方交付税を基に購入した。


後になってみれば、なんで気づかなかったんだという話ですが、見落としというのは、えてしてそういうものですよね。わかってて見落とすことはないのです。
とはいえ、そうであっても、信号無視をしたらお咎めを受けるのはしかたありません。


こわいのは、「え、信号ってなんですか?」
知らないことは、わからない。これ最強。当然の帰結。でも、あまりにも洒落にならない。

・予算がないと契約できません。
・勝手に示談しちゃいけません。
・諮問答申する委員会は条例でないと置けません。
・委託業務の社員を指揮したら偽装請負です。(『自治体職員のための政策法務入門3・福祉課の巻』、第一法規)

そうならないよう、職員を育てなければなりませぬ。また、自分も。


でも、本当の敵は、「みんなが渡っているんだから青信号」

それは、思考停止というものです。
ある意味、赤信号とわかってて無視するより、タチが悪いと思います。プンスカ

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行政不服審査法の改正の方向性

久々の更新になってしまいましたが、大丈夫、生きてます。


いつの間にやら、このようなページができておりました。

行政救済制度検討チーム
http://www.cao.go.jp/sasshin/shokuin/gyosei-kyusai/index.html

「わあ、これは行政不服審査制度だあ。情報公開制度を追いかけてたら、とんでもないものを見つけてしまった。どうしよう。」

というわけで行政不服審査法の改正ktkr
以前の案は蹴飛ばすかと思いきや、内容を見ると、基本線としては踏襲の模様。
ただ、行間にいろいろ書いてあります。これがどうなるか、ですかね。

比較のため、以前の案も貼っときますね。
http://www.soumu.go.jp/menu_hourei/pdf/169_080411_1_01.pdf

目につくところは、
 旧)内部の審理員+外部の行政不服審査会 → 新)審理官 に簡素化。
審理官は、だから外部の者にしたいのでしょうけど、明言には至らず。
(外部の者で裁決できるものとなると、弁護士か官僚OBに限られてしまう?)
なお、地方については、ややアレンジがありそうです。

さて、今度は、公布まで行けるでしょうか?


ついでに、別件をひとつ。

総務省アクションプラン2011(平成22年8月30日公表)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000079508.pdf

というものが出ておりました。
地域主権関係については、4ページ目。
…一括交付金の文字が見えません。どう考えればよいのでしょう。(バカには見えないのでしょうか?)

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