半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

PDCA

PDCAサイクル拡散防止条約って作られないかなあ。

PDCAサイクル規制法でもいいですけど。

いくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつもいくつも回っていますとね、
回す時間の分、DとかAとかがおろそかになりやしないかと。平面で回るだけで、らせん的上昇にならないのではないかと。
PDCAが「個々」に大切なことに異論はありませんが、複合したときに何が起きるかは、指摘されないような気がします。

以前、ツイッターで見た、
主人がPDCAサイクルに巻き込まれて死んでから一年が過ぎました...
というのがいまでも印象深いです。

ま、無能者の泣き言ということで。
Pの達成のためのリソースは約束せずDCAは回せってただの根性ろ(それ以上いけないというか既にいけない



最近、夜空に、赤く明るい星が目立つ。
火星かな? と思ったら、やっぱりそうで、2年ぶりの接近とのこと。最接近は5月31日。
両腕を差し伸べて、スーッと、行っちゃいたいなー!

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よいこのためのトランスヒューマンガンマ線バースト童話『灰かぶり姫』

よいこのためのトランスヒューマンガンマ線バースト童話『灰かぶり姫』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880984700/episodes/1177354054880984707

おもしろいこと考える人がいるものだなあ。



近況。
大型連休中に、とあるマンガを大人買いした結果、ショパンのバラード第1番をヘビロテ中。
なんというか、あつらえたようにピッタリの曲であるのがすごい。曲の方が先に存在するのに。

事務連絡。
クスダマツメクサっぽいですが、さて? あるいは、コメツブツメクサのほう?

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法律的に物事を考える

タイムリープカフェ
第12回後編:自分の未来のつくりかた~法学を学んだあとはどうするの?
http://timeleap-cafe.hatenablog.jp/entry/2016/03/31
で引用されていた、末弘厳太郎氏の「新たに法学部に入学された諸君へ」の一節が味わい深い。

 しからば「法律的に物事を考える」とは、一体どういうことであるか。これを精確に初学者に説明するのは難しいが、要するに、物事を処理するに当って、外観上の複雑な差別相に眩惑されることなしに、一定の規準を立てて規則的に事を考えることである。法学的素養のない人は、とかく情実にとらわれて、その場その場を丸く納めてゆきさえすればいいというような態度に陥りやすい。ところが、長期間にわたって多数の人を相手にして事を行ってゆくためには、到底そういうことではうまくゆかない。どうしても一定の規準を立てて、大体同じような事には同じような取扱いを与えて、諸事を公平に、規則的に処理しなければならない。たまたま問題になっている事柄を処理するための規準となるべき規則があれば、それに従って解決してゆく。特に規則がなければ、先例を調べる。そうして前後矛盾のないような解決を与えねばならない。また、もし規則にも該当せず、適当な先例も見当らないような場合には、将来再びこれと同じような事柄が出てきたならばどうするかを考え、その場合の処理にも困らないような規準を心の中に考えて現在の事柄を処理してゆく。かくすることによって初めて、多数の事柄が矛盾なく規則的に処理され、関係多数の人々にも公平に取り扱われたという安心を与えることができるのであって、法学的素養の価値は、要するにこうした物事の取扱い方ができることにある。

ちなみに全文は こちら で。

下線・強調は私によるものですが、同じことを、確か内閣法制局の方も何かで言っていましたね。

時代が違うので(1937年!)言うのもアレですが、現在の現場の人間の感想としては、
「大体同じような事には同じような取扱い」とするためには、法令や技術的助言を参照できなくてはならないし、それらの隙間は、審査基準や処分基準で埋めておくことが求められている、と思っています。
もっとも、完璧に埋まるはずもなく、悩ましい問題は往々にして生じます。要件Aに対して、aはどうか、A’はどうか。はたまたαは? 過去に適用した、過去に適用しなかった、未来に適用すべき、未来に適用すべきでない、全てに説明のつくようなルールを推認する、場合によっては創造した上で、決することが求められます。場当たり的にしないためには。
(てなことは、引用した中にも書かれてますね。強いて言えば、規準を立てることによって同じ取扱いにするか、同じ取扱いのために規準を立てるか、の違いですが、たぶん同じ話。)
そういう思考を、「法律的に物事を考える」とかリーガルマインドだということなら、そりゃあ、必要なことです。法学部卒であろうと、なかろうと。職員研修、大事ネ。

蛇足を言えば、役人の仕事の怖さは、こういう、極所的ながら、ルールを判断する(しなければならない)ところにあると思います。判断したルールが、あとで間違いと言われないようにしなければならないプレッシャーも含めて。ま、あまり感じてもらえないのですが。

あと、念のため申し添えると、横田先生に対して、含むところはありません。単に特定現場側の一感想です。

一言L | コメント:0 | トラックバック:0 |
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