半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

疲れすぎて眠れぬ夜のために

『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(内田樹、角川文庫) 読了。

抜粋だと味気なくなっちゃうなあと思いつつ、2か所ほど紹介。

 国益とか公益とかということを軽々と口にできないのは、自分に反対する人、敵対する人であっても、それが同一の集団のメンバーである限り、その人たちの利益も代表しなければならない、ということが「国益」や「公益」には含まれているからです。反対者や敵対者を含めて集団を代表するということ、それが「公人」の仕事であって、反対者や敵対者を切り捨てた「自分の支持者たちだけ」を代表する人間は「公人」ではなく、どれほど規模の大きな集団を率いていても「私人」です。
(注.下線部は、原文では傍点)

自分も、そういう境地に至りたいところ。(日頃から公平無私に努めていますが、さらに、の意)

 どんな制度も必ず腐ります。でも賞味期限が切れたからといって、それがかつては美しいものであった、おいしいものであった事実は変わらないのです。「非常にあれはよかったね。だけどもう腐っちゃったんで、食えないんだよ。そろそろ賞味期限が来たから捨てようか」ということについて合意形成を整えて、そうやって制度改革をソフトランディングさせることがたいせつだと思います。
 不思議なもので、「あれはもうダメだ。もう古いから棄てる」というふうに言い放ってしまうと、制度というのはなかなかなくならないのです。逆に、「あれはなかなかよいものだったね、あのときは実に役に立ったよ」というふうにその事績を称えてあげると、先方も「自分がもう死んでいる」ことを受け容れて、静かに姿を消してくれるのです。

「なかなかなくならない」のくだりに妙に納得。ダメダメ言わないようにしてみよう(みませんか)。

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