半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

巻頭言(第2巻)

   侏儒の祈り



 わたしはこの綵衣さいいまとい、この筋斗きんとの戯を献じ、この太平を楽しんでいれば不足のない侏儒しゅじゅでございます。どうかわたしの願いをおかなえ下さいまし。

 どうか一粒の米すらない程、貧乏にして下さいますな。どうか又熊掌ゆうしょうにさえ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。

 どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。

 どうか菽麦しゅくばくすら弁ぜぬ程、愚昧ぐまいにして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明そうめいにもして下さいますな。

 とりわけどうか勇ましい英雄にして下さいますな。わたしは現に時とすると、じ難いみねの頂を窮め、越え難い海のなみを渡り――云わば不可能を可能にする夢を見ることがございます。そう云う夢を見ている時程、空恐しいことはございません。わたしは竜と闘うように、この夢と闘うのに苦しんで居ります。どうか英雄とならぬように――英雄の志を起さぬように力のないわたしをお守り下さいまし。

 わたしはこの春酒に酔い、この金鏤きんるの歌をしょうし、この好日を喜んでいれば不足のない侏儒でございます。


--『侏儒の言葉』(芥川龍之介)より

(テキストは青空文庫からお借りしました。)

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