半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

お見込みのとおり

行政実例には、「お見込みのとおり」という回答があります。
木で鼻をくくったような、なんか嫌な表現だなと思っていましたが、少し前から、考え方が変わってきました。

何かを尋ねる場合、「手ぶら」で質問しますか?
疑問を、ただ単に、「どうでしょう?」と問うかということです。

わからないんだから、そう聞くのは当然だろう、という見方はあるでしょう。
しかし、です。
疑問に対しては、自ら、論点を抽出し、一応の解釈をし、その当否を問うというのが望ましい。
力及ばずとも、そういう努力はしてみるべきじゃないか。
最近は、そう思っています。

してみると、その一連がすべて正しいからこそ、「お見込みのとおり」の一言で片付くわけで、ならばこれは、自分の見立てが正しいことの証左ということになります。(ここで、「質問の趣旨が判然としませんが…」と返されるようでは、質問自体をきちんとできていないということ。)

ああ、そうなのか。
答え方が手抜きなわけではなく、質問がきちんとできているということなのか。

そう感じてからは、「お見込みのとおり」も、なんとなく様式美のように思えてきました。
(いや、答える側が実際どうなのかは、知りませんけどね。)


蛇足を申せば、これは、自分の職場でも同じ。(上司に対する伺いにおいても共通します。)

手ぶらでくるな、と。
答えをもらいに来ないでください。“答え合わせ”に来てください。
もらった答えだけでやっていては、何ひとつ、あなたの身につきません。

そんなふうに思っていますが、態度に透けて表れるので、私の印象はよろしくないだろうな、きっと。

独り言 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<ギブ、ギブ | HOME | ユニバーサルデザイン>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |