半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

ないよう努めるものとする

洋々亭での、不作為の努力義務の規定のウラ話と補足。


他団体に例がある。法律に例がある。
凡百の担当者は、特に不自然でもなければ、それでよしとしてしまう。
そこを、立ち止まって、
「不作為の努力義務ってなんだ、どういう効力か、どういう事況に使うものか」
を問う。

…なんてこった、答えられないじゃないか、私は。

この問いには、真っ向から立ち向かわなければならない、
そういう緊張感をもって対峙しなければならない問いでした。

それに、これに答えられるかどうかは、もはや自分の問題です。
なんとなく、で使い分けてるって言えるかよ。それで担当って言えるかよ。

それで、あがいて、必死に考えて、あそこまででしたが。道は遠いわ。

それでも、質問者にいささかでも感じ取ってもらえたのは、救われました。
相手の関心に沿ったレスを返そう、と心がけていれば通じるってことよね。(なんてね)


以上、ウラ話。
以下、補足。


じゃあ、「○○(し)ないよう努めるものとする」との使い分けってなんだろう?

法律での用例を検索すると、実質3件しかありません。少ない!

そこでまた、いろいろ考えたのですが、次のようなことではないかと思います。

法律は、規制するものですから、悪い状態を禁ずるか、善い状態を目指すのが普通です。悪い状態を容認する、というのは、法律の指向と基本的に合いません。
「○○(し)ない」を「悪くしない」と置き換えれば、「悪くしてはならない」と禁止規定にするのが普通で、悪い状態を容認しつつ回避を義務付ける「悪くしないよう努めなければならない」ならまだしも、回避を原則で済ます「悪くしないよう努めるものとする」は、相当イレギュラーであることになります。

そう仮定してみると、法律での用例の少なさもうなづけます。
翻って、条例では、わりと使われている表現ですが、作り出したい状態を“回避の文脈”で表現するというのは、実は、意欲に欠けるものであるのかもしれません。

(見る人から見れば“プゲラ”な内容かもしれませんが…)

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