半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

月の剣の物語

『月の剣の物語』(かとうじゅんこ、理論社)の感想。

この話は、大人へのなりかたの話でもあるんだけど、読んだ子はそれに気づくかな。
子どもにとっては、魔物の秘密のほうが大切かな。
さて、私は子供という年齢ではないから、大人の方からの話をしよう。(中身はガキだけどね)


大人が「一人前」になるには、どのような道をたどるのか。

師匠を見いだして、習う。上達し、慢心し、失敗する。
しごとをするには、しごとに対するおそれ(敬虔さ)が必要だと知らねばならない。
そうして続けているうち、ある日、ふと、師匠に教えられてきたものの意味が突然にわかる。「わかる」というのは、パズルのピース(かけら)が、はまるような感覚。あるべき位置がわかると同時に、つながるということ。
そうなるのが、「一人前」である。

ただ、「一人前」の先には、「名人」がいる。
「一人前」になって初めて、師匠との距離が、はるか先にいることが、理解できる(実感する)。
ここからが、師匠を追う本当の始まりでもある。

さて、「一人前」になったからといって、パズルが完成したわけではない。
ときに、はまらないままのピースもある。
大人だって、立ち止まって進めなくなってしまうことはあるんだ。
そんなとき、ほんのちょっとしたきっかけで、例えば、誰か(この本では、小さなうさぎ)と話すことで、パズルのピースがはまることがある。
自分のしてきたことの意味が、つながって、そうして、また動き出せるようになる。

…と、そんなことを感じました。

作者には、そんなつもりはないかもしれません。
でも、読者は「勝手に学んで」しまえる。少なくとも、私は。

名剣を作る、きつつきの親方の言葉。

「先代から剣の作り方は何もかも教わった。でもそれと、持ち主を選べる剣を作れるかどうかはまったく別のことなんだ」
 気むずかしい親方が、めずらしくため息をついて言った。
「剣作りの技を受けついだ時は、名誉にも感じ得意でさえあったが、最近は、その重さを感じるようになった。それをやっきになって弟子たちに伝えようとしてきた」

このあたりは、条例づくりに通じるものがあると思います。例えば、条例は書けるようになったけど、それが、魂がこもった、真に役立つものになっているかはまた別の話。(最善は尽くしてますよ。だけど、「もっとできたんじゃないか」感はいつもつきまとう。)

あと、師匠のありがたさについて、この一節が沁みます。

「まあ、そんなところだ。でも、だれかが自分のことをいつも見ていてくれて、曲がったことや外れたことをした時にちゃんと気づかせてくれることは、とてもありがたいことなんだよ」
「そうかしら」
(略)
「そうなんだよ。その時はわからないんだ。でもそういうのは後になってからわかるんだ」

嗚呼、師匠が欲しい。

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