半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

ニュース雑感(2010/9/26)

ニュースというより、記者会見への雑感になります。

片山総務大臣初登庁後記者会見の概要(平成22年9月17日)より
http://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/02koho01_02000128.html

地方自治法改正について

 地方自治法の改正についても、既に検討の枠組みがあって、そこで議論が重ねられて、それが一定の成果として出てくると思いますので、それは基本的には尊重することになると思います。その上に、私もそのメンバーに入りますから、ですから、その中に自分の考え方も反映させていきたいということですね。その際にどういう考え方を反映させるのかということですけれども、それは、もうこれは私の持論ですけれども、地方自治というのは、国と自治体との関係、国と団体との関係において、自治体の権限とか、判断権とか、決定権、自由度、そういうものを強くするという意味での団体自治の強化というのがあります。もう一つは、団体の中で住民の意思ができるだけねじれないように、ストレートに反映させるような仕組みを作る。これ住民自治の強化と言いますけれども。これが二つの、車の両輪となるということが理想だと思います。で、従来、どちらかと言いますと、その前者の方の団体自治の強化をずっとやってきているわけです。それは、例えば権限移譲だったり、それから関与の廃止、最近では義務付け・枠付けの撤廃とか、それから一括交付金化もそうですけれども、その財源の、できるだけ自由度を高めるという、自由な財源を増やすという、これすべて団体自治の強化なのですね。これは必要です。ですけれども、同時に、その車の両輪である住民自治の強化というのは必要ですから、それをできるだけ織り込んでいきたい。では、それは具体的に何かというと、さっき言われたような住民投票というのも一つの手法だろうと思います。それを、仮に取り入れるとしたらどういう形がいいのかというのは、これかなり単純で無い問題も有りますけれどもね。住民の政治参画機会の拡大を図るという意味では、住民投票は一つの手法なのだと思いますね。後、例えば、アメリカとかそういうところの地方自治を見ると、必ず歳出と歳入というのはこう連動するわけですよね。当然なのですけれども、仕事をたくさんすれば税が増えるという。仕事をやめれば税が減るという。だから、ちょっとこうオーバーに言えば大きな政府か、小さな政府かというのを自治体ごとに選択をするというのが、これ地方自治の一つの原点なのですけれども。日本の場合は、これまで税率が固定していますよね。そういうもので果たしていいのかどうかという、そういう問題意識もあるわけですよ。そうすると、税率がチェンジャブルになって、変わることによって住民の意思がそこに入って、「いや、それぐらい税金が高くなってもいいから、もっと仕事して。」という選択になるのか、それとも「そんな税率を高くするくらいなら仕事をもっとやめてください。」という選択になるのかという、これも広い意味での住民の政治参画機会の拡大になりますよね。そんなことも含めて、住民自治の強化というものを検討すべきだろうと思っています。

住民自治の強化。確かに課題です。
議会制度であれ、大きな政府・小さな政府であれ、また職員数であれ、地方自治について自分であれこれ考えながら、どうもこう、モヤモヤするものがあったのですが、正体がつかめたような気がします。そうか、住民自治か。なんだ、住民自治だったか。なんでその言葉を忘れてたかなあ。

もう一点。
片山総務大臣閣議後記者会見の概要(平成22年9月21日)より
http://www.soumu.go.jp/menu_news/kaiken/02koho01_02000129.html

A市問題について

議会としては、例えば、法律にはないのですけれども、緊急避難的というか、正当防衛というか、緊急避難になるのでしょうか。自分達で集まると。自己招集をするという、そういうことだって本当はあり得るのです。だって、ほかにすべがないのですからね。そうすると、その議会の正当性というのは、後で問われるかもしれない。司法の場で争われるかもしれないけれども、多分今回のようなケースだったら、そういう自分たちで集まった議会というのは、正当性有りというふうに、司法の場では認定されると、私なんかは思うのですけれどもね。そういうやり方はあったと思います。

法にない事態が起きているならば、法にない方法で対処することもありか。
むー、是非はともかく、発想に脱帽。

片山大臣、さすがというか、やはりというか、刺激になります。

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この記事のコメント

>住民自治
地域のことは地域住民が決める、くらいなら当然なのですが。

アメリカでいうと、大きな政府か、小さな政府かというのを自治体ごとに選択をすると片山大臣の紹介するようにはならず、70年代後半のカリフォルニア州提案13号のように、税は少なく、したがってサービスは少なくてもかまわない、というのが大勢でしょう(日本でも、中部日本の政令市がその道を歩んでいますね)。そして、ゲーテッドコミュニティが自治体とすれば、有色人種や移民を排除すれば、民生費は大幅にカットできるし、税も少なくて済むでしょう。こうしたことを、「住民自治」だと言われても、うーんと考えてしまうわけです。
2010-09-27 Mon 09:26 | URL | G [ 編集]
返答が難しいですね。
日本において、そこまで針が振れるかな、と思う反面、外国籍人の排斥などは、起こりかねない気もします。
どんな「住民自治」をよしとするかは、それこそ「これからの『正義』を考える」という話だと思います。

ところが、その「これからの『正義』を考える」肝心の議員の定数は、各地で減っているという…。それでいいのか? という思いがあります。
議員だけが自治の手段ではないにせよ、議員よりもカネを優先する、そういう空気自体が心配なわけです。まあ、公務員が心配するスジではないのかもしれませんが。
2010-09-28 Tue 00:14 | URL | 半鐘 [ 編集]
いつも楽しみに読ませてもらってます。

アメリカの状態は、朝日新聞2010.08.12掲載のニューヨークタイムス「クルーグマン・コラム」によると、かなり悲惨な状態のようです。

コラムを紹介しているカウンセラーさんのブログttp://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-2034.html

住民自治という言葉は、聞こえは良いけれど、幸せな自治となるかどうかは、公務員と住民の双方の民度の有り様に左右されるところが大きいのです。

住民自治の流れが止まらないとするなら、この民度を高めていくことができるかどうかが鍵を握ります。とりあえず、公務員が地域活動に参加することは必須だと思っています。
2010-09-30 Thu 20:40 | URL | R@K [ 編集]
R@Kさま、はじめまして。

これまた返答が難しいですね。
民度が重要という点、これには同意です。
いま、民度はデフレスパイラルを描いているような気がしますが、ここからどうなりますでしょうか。戻れないところまで行く前に、反転することを祈ります。
2010-09-30 Thu 23:18 | URL | 半鐘 [ 編集]

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