半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

条例はどこまで・番外

法学セミナー3月号は、『「ユニーク条例」の法的「適格性」と自治体議会』。
前回とのセッションになっているのは、いいですね。今後も期待します。

さて、この号の締めは、このような言葉でありました。

「朝ごはん条例」の10年後には、果たしてどのような「ユニーク条例」が姿を現すか、私たちは期待とともに注視していく必要があります。


これについて、思うことを少々。

ユニーク条例が、理念的であるうちは、自治体の個性の話で済みます。
しかし、条例は、規制をすることもできます。
もしかすると、違憲レベルの規制でも、ことと次第によっては成立してしまいます。

これまでは、ローカルな課題について、法の空白を補う形で独自の条例を制定してきた。
これからは、本来ナショナルな課題でも、法を上回る形で独自の条例を制定してしまうかもしれない。
それは許されるのか。

そこで心配なのは、実際にそのような条例が現れてしまったとき、反動(反省)として、条例制定権の縮小に動かないか、ということです。
「そんな勝手な条例をつくるようなら、もうつくらせないよ?」

まあ、杞憂で済めばいいのですが、
地方自治体が法律の要請を無視したり、首長が議会をガン無視したりとか、
本来ありえないことが起こってしまったとき、国はどう動く(動いた)でしょうか。
そして、そのきっかけは、ほんの「1」例あれば十分なのです。

と、いささかペシミスティックなお話をいたしましたが、
杞憂を杞憂で済ませるには、私たちは「謙虚」さを忘れてはならないと思うのです。
(卑屈になれってことじゃなくて、暴走はやめようね、くらいの意味ですが。)

異論は認めます。

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