半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

住民投票よもやま

法学セミナー3月号

☆もりはつ☆先生は、手を変え品を変え、やってくれますね。
(なつかしいね、成分解析)

ちなみに、半鐘の76%は やましさ で出来ているようです。あうあう。



本号のクロスセッションは「住民投票考」。
特段の知見があるわけではありませんが、(記事への感想ではない)日頃の感想などを書いてみます。

当然の前提ゆえ紙面では触れられていませんが、
住民投票をどう活用するかということを考えるのは、とりもなおさず、民意の反映のしかたという根源的な問いを考えることになります。
往々にして問題となる議会と住民のネジレに対する態度も明らかにせざるを得ません。住民の多数が望むことをよしとするのか、たとえ望んでも議会は大所高所から否定すべきなのか。

そうしたところを考えなければ、議会制度との併用や如何、という整理もつけようがないわけで。
住民投票への反対論、消極論というのも、その辺にあるのでしょう。
それゆえ、もめるときはもめるますけど、しかしそれは、健全な反応というものでしょう。
(とはいえ、志向に落としどころはないわけで、実際にもめると、困るでしょうね)

さて、個別型・常設型について。
紙面でも触れられていますが、入口の問題のひとつに、外国人の可否があります。
(ある新聞社などは、執拗に問題視してらっしゃいますね。)
案件が持ち上がってから住民投票条例を制定しようとするとき、そうした点でもめてしまうと、そこに時間がかかってしまい、投票をスピーディに実施できないおそれがあります。
投票が延びてもよいならともかく、そういう事態を避けたいなら、面倒でも、常設型がオススメかなとは思います。(1回1回、設定を変えて実施するつもりがあるなら、また別ですが)

(つづく)

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