半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

新旧対照表方式による改正

特段、語るほどのことを持っているわけでもないのですが、気が向いたので少々。

正直申しますと、あまり好きではありません。

前から思っているのは、
<法令を改める>ということの「実質」に違いがないのに、
<法令を改める>ことの「表象」を変えることにどれだけの意味があるのだろう、
ということです。

喩えになりませんが、<リンゴなるもの>(概念)に対して、
「林檎」(文字)と比べ[リンゴの写真](ビジュアル)は優れ・わかりやすいのか?
あるいはまた、リンゴのビジュアルは、リンゴの概念を必ず伝えるのだろうか。
リンゴの概念が共有されていればこそ伝わるのであり、共有されていなければ「表象」にならないのではないか。
(不可視境界線の向こう側的な言辞で申し訳ありません)

結局、「わかりやすい」を標榜しながら、その実は、資料の省力化(改め文が減る)がねらいなのではないかという感が拭えないでおります。(真剣に取り組んでいらっしゃる方には、ごめんなさい)
それでいて、ルールそのものを考えるという、より困難な思考・作業を増やしているのは、なんとも皮肉なことです。


さて、長らく語らなかったことを語るのは、これを見たことによります。

 「公職選挙法施行令の一部を改正する政令案」に寄せられた御意見
 http://www.soumu.go.jp/main_content/000272383.pdf

3件目です。
>(どの部分がどの部分に該当するのか)「分かりにくい」

私たちは、私たちの常識をもっと疑わなくてはならないようです。


追記(2/11)
そもそもどのような新旧対照表だったかは、こちらで。

 公職選挙法施行令の一部を改正する政令案に対する意見募集の結果
 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei14_02000021.html

図形の問題では、図形の内や外に補助線を引いて考えることがありますが、
新旧対照表を読み取れるのは、改め文を思考の補助線として用いているからではないか。
改め文という補助線なしだと、新旧対照表方式の改正は、改正を的確に表現し得ているのだろうか。
私はもう新旧対照表ネイティブにはなれないので、わかることができません。

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