半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

大人問題

『大人問題』(五味太郎,講談社)

著者は、言わずと知れた、絵本作家さんです。
私も、熱烈なファンとまではいきませんが、『さる・るるる』などはけっこう好きです。
その方による、“大人有害論”とあって、読んでみたわけです。その昔。

これが、大人社会の虚飾というか欺瞞というか、そうしたものがありありと浮かび上がるシロモノでしたので、私にとって忘れられない一冊となっています。

本書で共通するのは、まえがきにあるこのフレーズだと思います。

なぜなら、それらすべて、とりあえず子どものことを言ったり扱ったりしているはずなのに、肝心の子どもがどこにもいません。子どもをどうこうする大人がいるばかりなのです。


この本、表紙には、
「おとな」と「もんだい」のあいだに、小さく「は」「が」「の」の文字があります。
すなわち、
 大人は問題
 大人が問題
 大人の問題
となるわけですが、子どもの問題というのは、実はぜんぶ大人の側の問題である。
そのとおりだと思います。

最近でも、教育関係の話題は多々ありますが、当事者の子どもからすれば、
「そんなの知らないよ」
とでも言いそうです。しょせん、大人同士の争いです。

印象的な記述はいくらもありますが、
ひとつは、著者のお子さんが学校に合わなかった話。
暗い話ではぜんぜんなく、「教育を受けさせる義務」の正しい理解っぷりがいいです。
並みの親ではマネできないかもしれませんが、このくらいの覚悟ができればこわいものはないでしょう。

もうひとつはこれ。

この世からもし「いじめ」というものをなくしたいと思うなら、まず今の学校システムをなくせばいいと思っています。つまり、学校にいじめがあるのではなくて、学校という構造がそもそもいじめなのだと思います。

これも、なるほど、と思わされるものでした。
学校は、だからといってなくすことはできませんが、少なくとも、(解決策の一つであろう)学校というしくみに目をつぶった上で「いじめをなくそう」と言っている限界は、自覚してもいいんじゃないかと思います。限界というか、白々しさ、二枚舌といったほうがいいかもしれませんが。

そう、やっぱり、大人の問題なのだ。



先日、hachiro86さん にオススメしてみたところ、感想をいただいたので、私の感想も記してみる次第です。まとめるのに、思いのほか手間取りましたが。

10数年前の本ですが、あらためて再読しても、状況はあまり変わっていないように思います。相変わらず、大人は疲れていて、うんざりしています。

一点だけ、ランドセルの目新しいカラーが受けなかった、というエピソードがありますが、今となってはいろんなカラーのランドセルが店頭に並びます。五味さん、時代の先を行き過ぎていたのかな、とはちょっと思いました。

付言B | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<小さな、青い花 | HOME | 財政担当がよく使うハンドサイン一覧>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |