半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

脱兎

これは夢だ。

夢でなければ、こんなことはありえない。

住宅地の路地の、10メートルほど向こうにいるのは、大きな獣だった。

後ろ脚で立ち上がっていて、高さは人の背丈ほどもある。大きめな頭部の上に長い耳が立っており、その先まで含めれば、人の背丈はゆうに超えている。
体は白い。全身真っ白だ。しかし、どこか禍々しささえ感じさせる。

(見なかったことにしよう……)

そう思って立ち去ろうとした矢先、獣がゆっくりとこちらを向いた。目が合ってしまった。まずい。これは迂闊に動けない。

獣の顔は、人の顔に似た造作をしていた。笑っているようにも見える。しかし、よく見ると、目だと思ったのは、黒い縦の線だった。あの線は目なのか? それとも、線の中のどこかに目があるのか。

私は困惑していた。しばしの時間が過ぎた、ように思えたが、実は一瞬の間だったようだ。危機に直面すると、時間が引き伸ばされたように感じるという、あれか。

獣の体が完全にこちらを向いた。獣の前脚は、赤い、バールのようなものを持っている。なんだ、それは? 獣がなぜそんなものを? それで何かをこじ開けようとでもいうのか?

一瞬の対峙。

じり。

獣がこちらに一歩踏み出す。

じり。

もう一歩。

私の全身が警報を発している。まずい。これはまずいやつだ。
私は踵を返すと、脱兎のごとく走り出した。いや、私が兎から逃げるのだ。赤いバールのようなものを持った、二頭身の兎から。

…ポーン。ピンポーン。
うたた寝から目が覚めた。玄関のチャイムが鳴っている。

宅配便だろうか? 急いで出る。

来たのは郵便配達だった。簡易書留だ。
封を開けると、そこには、夢で見たあの兎が、夢の中と同じ顔で笑っていた。

ああ、ヤツからは、誰も逃げられないのだ。

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