半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

ふるさと物販制度

地方税法には、次のような条文があります。

 (たばこ税額を条件とする補助金等の禁止)
第四百八十五条の十四  市町村は、小売販売業者に対し、当該小売販売業者に売り渡した製造たばこに係るたばこ税額として当該小売販売業者に製造たばこの売渡しを行う卸売販売業者等から当該市町村に納付された、若しくは納付されるべきたばこ税額又は納付されることが見込まれるたばこ税額の見込額が一定の額以上であることを条件として、補助金、利子補給金その他相当の反対給付を受けない給付金の交付又は貸付金の貸付けを行つてはならない。


たばこ税をわがまちに誘導すべく、奨励金を出す制度をつくった自治体がありましたが、その動きに対し、国が「NO」をつきつけた改正でした。いまも印象に残っています。


昨今、ふるさと寄附金制度がさかんですが、この制度に対し、「お得」とか「利回り」といった言葉がついてまわるのは、やはり正常とは思えません。「比較」サイトの出番があるような制度でもなかったはずです。

このような風潮に歯止めがかからないと、いずれ、冒頭に掲げたような条文がおでましになるかもしれません。
そもそも、現行の条文においても、

寄附金(当該納税義務者がその寄附によつて設けられた設備を専属的に利用することその他特別の利益が当該納税義務者に及ぶと認められるものを除く。)

とあります。
この規定は、所得税でも同様ですから、税務署が厳格適用に転じて、儀礼の範囲を超えるリターンであるからと、否認することになってもおかしくありません。(国税だって、所得税の減収にいつまでも寛容であるかどうか)

ふるさと寄附金を求める自治体の努力を否定したくはありませんが、物販に堕すことのないよう、節度を求めたいと思います。物販抜きで呼んでこそ、です。

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地方税法と税条例

地方税法と税条例の関係は、実はよくわからない。

本を読むと、枠法とか準則とかいった説明はあるわけですが、
オーソドックスな委任関係に慣れ親しんだ身からすると、感覚としてなかなか理解がしがたい。

地方税法は課税権の根拠であるが、個々の処分の根拠は税条例である。

と、仮の理解はしているものの、周囲の理解はどうなんだろうか。
私にとっては、地方交付税とは何か、に匹敵する地方自治の難問です。



さて。

先だっての条例(例)(金融所得関係分)では、税条例の附則の一部が削除されました。
どうも、地方税法と二重に規定するには及ばない、といったことのようでした。

これまでは、税条例に、地方税法と同じようなことをさんざん書いてきたわけですから、
ちょっと不思議な話です。

で、ここで思い浮かぶのが、神奈川県臨時特例企業税の判決です。判決では、

同法の定める法定普通税についての規定は,標準税率に関する規定のようにこれと異なる条例の定めを許容するものと解される別段の定めのあるものを除き,任意規定ではなく強行規定であると解されるから,普通地方公共団体は,地方税に関する条例の制定や改正に当たっては,同法の定める準則に拘束され,これに従わなければならないというべきである。

という一節がありました。

判決により、地方税法の性格が、強行性のあるものと明確になった、のではないかと思います。そういうことであれば、もはや、税条例によらずともよい、という理屈になります。
となると、今後、税条例の「念のため」的な規定は、機を見て少しずつ減っていくのではないでしょうか。


…という意識はあったのだけど、こういうことは、もそっと早く書いておくべきだったかなー。
(今度の条例(例)に、実際そのような動きがみられるようですが、今となっては、後出しじゃんけんぽい。チッ)

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新旧対照表方式による改正

特段、語るほどのことを持っているわけでもないのですが、気が向いたので少々。

正直申しますと、あまり好きではありません。

前から思っているのは、
<法令を改める>ということの「実質」に違いがないのに、
<法令を改める>ことの「表象」を変えることにどれだけの意味があるのだろう、
ということです。

喩えになりませんが、<リンゴなるもの>(概念)に対して、
「林檎」(文字)と比べ[リンゴの写真](ビジュアル)は優れ・わかりやすいのか?
あるいはまた、リンゴのビジュアルは、リンゴの概念を必ず伝えるのだろうか。
リンゴの概念が共有されていればこそ伝わるのであり、共有されていなければ「表象」にならないのではないか。
(不可視境界線の向こう側的な言辞で申し訳ありません)

結局、「わかりやすい」を標榜しながら、その実は、資料の省力化(改め文が減る)がねらいなのではないかという感が拭えないでおります。(真剣に取り組んでいらっしゃる方には、ごめんなさい)
それでいて、ルールそのものを考えるという、より困難な思考・作業を増やしているのは、なんとも皮肉なことです。


さて、長らく語らなかったことを語るのは、これを見たことによります。

 「公職選挙法施行令の一部を改正する政令案」に寄せられた御意見
 http://www.soumu.go.jp/main_content/000272383.pdf

3件目です。
>(どの部分がどの部分に該当するのか)「分かりにくい」

私たちは、私たちの常識をもっと疑わなくてはならないようです。


追記(2/11)
そもそもどのような新旧対照表だったかは、こちらで。

 公職選挙法施行令の一部を改正する政令案に対する意見募集の結果
 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei14_02000021.html

図形の問題では、図形の内や外に補助線を引いて考えることがありますが、
新旧対照表を読み取れるのは、改め文を思考の補助線として用いているからではないか。
改め文という補助線なしだと、新旧対照表方式の改正は、改正を的確に表現し得ているのだろうか。
私はもう新旧対照表ネイティブにはなれないので、わかることができません。

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冬木の聖杯

洋々亭で「補助金又は交付金の交付と条例事項について」というお題がありました。
結論を言えば、受給権についてどう考えるつもりか、という話になります。

1 贈与契約ってことで、私的な関係だよ、保障はないよ
2 行政処分ってことで、受給する権利を保障するよ

どういうつもりか、ってことです。やりたい内容に応じてチョイスするのであって、一意の決まりがあるのではありません。

付け加えれば、2においては、
併せて受給者に義務を課したり権利を制限したり、
また、他条例による義務との調整--例えば、行政手続条例の適用除外とか個人情報の目的外使用の許可みたいなことを行ったりもできるわけです。逆にいえば、こうした要素を伴うなら、条例によらざるを得ない。


で、ですね。


このような考え方からすれば、
臨時福祉給付金(簡素な給付措置)は、法律によるべきだと思うの。

受給権の保障はしなくてよいのか。
また、税法上の守秘義務云々についても、必要なら法律でもって調整されるべき。

これ、何気に厄介なのは、支給後に要件を満たさないと判明して返還を求める場合で、
法定の給付であれば、規定を置いて、滞納処分の例による自力執行での回収にできますが、
贈与契約では、民事の回収=支払い督促等を使っての回収になります。
(その費用も事務費いただけるのでしょうね? 自己責任とかいわないよね?)

定額給付金のときは、ねじれ国会で、法律にしたくてもできなかったかもしれませんが、今回はそうではないでしょうに。

一部報道によれば、
>例外的に非課税世帯にも納税通知書を送り
などと、論理的におかしい状態です(さすがに書いた記者がおかしいと思いたい
閑話休題。

消費税率の引上げは、地方にも配分がある分、全く他人のフリもできませんが、しかし、
「10分の10の自治事務」は、望んでなどいない。

 参考 森会長が田村厚生労働大臣に面談、「臨時福祉給付金」について要請

(タイトルに意味はありません。気分です、気分)

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徴税コスト・2

こんなツイートがあること知りました。(6月のものなので、いまさらですが)

https://twitter.com/kumagai_chiba/status/342765094423388162

昨年の新車販売に占める軽自動車の割合は37.9%と、ますます割合が増えています。私も以前は軽自動車ユーザーでしたが、やはり維持費が安いのが魅力でしょう。実は軽自動車税は徴収コストに見合わないほど安く、税の公平性を抜きに考えれば徴収しない方がマシかもしれないという不思議な税目です


軽自動車税どうする? といえば、百家争鳴で、いろいろな考えがありますね。

私も少し披露してみます。(あくまで私見です)

・原付は、原価割れレベルなので、この際廃止してもよい
 ナンバーは、自転車の防犯登録のごとく、今後は警察で所管

・原付を小額のまま課税するなら、取得税的に取得時に一括徴収

・原付以外の二輪、及び四輪は、自動車税に統合
 都道府県のシステムに載せれば、各市町村のシステムは不要に

・市町村の財源が必要なら、なんなら旧軽自相当分を交付金化して市町村へ

コストを削る観点なら、こんなところが思いつきますわね。

財源確保はもちろん大事なんですが、安易に減ってもいいとはいえませんが、
また、国・都道府県・市町村は別々というタテマエも大事なんですが、
コスト削減のための「あらゆる努力」からは、一歩二歩遠ざかるような気がします。
いやまあ、財源もタテマエも大切なので、難しいんでしょうけど。
うまいこと、いきませんかね?

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経常収支比率

財政指標のひとつに、経常収支比率というのがあります。

低いほうがいいとされ、70~80%が目安などとも言われます。

しかし、昨今の決算では、どうしても高めに出る傾向にありますので、みなさん心穏やかでないかと思います。

でもですね、気にしなくてもいいと思いますよ?

インフラやハコモノをひととおり整備し終えていれば、普通建設事業は、そんなに多くはありませんから、経常収支が高めに出ても不思議はありません。というか、いま時分、福祉重視で予算を組んでいれば、高めに出るのは当たり前だと思います。
折しも、生活保護の受給者が増え、児童手当(子ども手当)は増額され、また、子どもの医療費の助成を競うように拡大する傾向が見られますので、これで上がらないほうが不思議ってもんです。

経常収支比率は低い方が健全ではありますが、見方を変えれば、どんだけ普通建設事業に回してんねん、ということにもなります。人よりコンクリートの行政ということになりますが、それは、人によって評価の分かれるところでしょう。高度成長期ならいざ知らず。

…というそばから、インフラの更新時期が来ていたりするのですが。
状況が一周回って、経常収支比率が高いままではいけない時代がまたやってきたかもしれません。どうしましょうかねえ?

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困窮していると認める世帯

(経済的に)困窮しているとは、何をもってそうと認めればよいのか。

自治体ごとの判断とはいえ、漠然と、世帯収入5万円だ10万円だと決めるわけにはいきません。

やはり、科学的な姿勢で、家計費等を調査した結果に基づいた数字が望ましい。

そうすると、某省の某扶助の基準を使うのが、一番適切と思われます。

多少アレンジするとして、係数で1.1倍するとか。+1万円でもいいですが。

でまあ、みなさま御案内のとおり、基準の改正(引下げ)が予定されています。

国が経済的に困窮しているライン(=定義)を引き下げるなら、自治体も、独自の反証がない限り、同じラインにするのが合理的な判断というものです。

でまあ、これまたみなさま御案内のとおり、特定の事業以外の困窮のラインは従前のでいいよ、といわれているわけです。いいよ、というか、従前のラインで判断するよう要請されています。

ほんまの困窮のラインは、どっちやねん。

A事業では新基準、B事業では旧基準と、異なることの合理的な説明ってなにさ。
ヘンでしょ、普通。

 基準というのは、国が決めているものではなくて、地方がそれぞれ独自でお決めになられるものを、国の基準を使っておられる話ですから、別にそれに元から合わせる必要はないので、たまたま基準を今合わせているだけの話ですから、これから先は違う基準を使われる可能性もあるかも分からないし、ということですから。

H25.2.5某省大臣記者会見より

さいでっか。
地方公務員給与の引下げの件でもそうですが、“地方の判断”って便利だよね。

それなら、自治体による援助が必要な困窮のライン(ないし係数をかける対象)は、新基準を指すのが科学的で合理的な態度ってことでよいのでは。

もちろん、実際のところは、政治的な配慮、は承知の上で、粛々と対応するのでしょうが、
特定の事業以外は旧基準を使う、すなわち困窮のラインが本当は変わっていないと解するならば、新基準は、特定の事業の給付削減のためだけの基準ということになってしまう
も同然なわけですが、そういうのってなんだかなあ、という感想を禁じ得ないのです。

念のため申し添えますが、引下げそのものについては意見はありません。その是非論ではありません。
困窮のラインが二重であることについて、困ったなァというお話です。

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バランスシート

気がつけば総務省も旗を振っているバランスシートですが、私自身は、その推進になかなか納得がいかないでいます。

バランスシートの機能はわからなくもないのだけれど、それは現行の決算書の改善では提供しえないのだろうか?

手近な改善を試みることもなく、バランスシートでなければダメだ! という飛躍がよくわからない。

将来債務については、予算書につけている地方債に関する調書、債務負担に関する調書を決算書にもつけることにすればいいし、
資産の状況については、財産に関する調書があるので、そこに価格を加えればいいのではないでしょうか?
(資産管理が問題というなら、資産管理そのものをやるべきだし)

個人的におもしろいと思ったのは、現有資産の財源構成(地方債、国県補助金、一般財源)が見えるので、他団体と比べると補助金の利用の多い・少ないがわかることくらい。ただ、それは、財務の健全性を表すかというと、ほとんど関係ない。

一方で、将来債務に関し、例えば、子ども向けの医療費補助の拡大の条例改正は、将来の財政を圧迫する変化だけれど、バランスシートには表れてきません。(もっとも、増税の予定も表れてきませんが)

バランスシート万能説を信じられないのは、こういうところ。

まあ、この形をもってわかりやすいというなら、形を整えるくらい構わないとも思いますが。
いまのところ、効果に釣り合うお金や時間とは、思えないでいるわけです。(特に、複式簿記の本格導入には)


…と、やらない理由ばかり得意になっていくのですが、どこかに「これ!」といった説得力ある資料はあるのでしょうか。(私の「バカの壁」が高いだけかな?)

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滞納者への行政サービス制限の可否

前回の記事を書いた後、ふと思い浮かびました。

これ、滞納者への行政サービス制限の可否の話にも通じるな、と。

サービスの費用負担について、強制徴収を認め、ただ乗りを許さないものにあっては、
サービスを止める理屈はない、ということになると思いました。

サービスの停止を検討するくらいなら、強制徴収のほうを検討すればいい。
対価ではなく、それはそれ・これはこれとするのが、いまの制度の筋かと思います。


ただ、もう少し細かく見れば、制限が検討されるサービスといっても種類があって、
 1 行政の裁量のないもの …基礎的なサービス(福祉、警察)
 2 行政の裁量によるもの …補助金(贈与契約的なもの)
 3 契約相手になれる地位 …入札参加資格
と分けて考えるようです。

上でした話は、一応、全部に通じるはずですが、
1を制限しないのはよいとして、2・3を制限しないのは、やはり引っ掛かりがあります。
それをどういう理屈とすべきか、ここは宿題(といって逃げる



金も払わずに、というのは正論のように見えるけど、
その実、“金でサービスを買う”というのは“消費者的発想”だなと思います。
税と行政サービスの関係を、対価、交換の関係にしていいのだろうか?
たぶんイクナイ。うまい説明はできませんけど。

(全くの蛇足ですが、“消費者的発想”の蔓延が、モノの瑕疵を探して値切る(disる)という態度を、社会にも人にも(また行政にも)向けさせているのではあるまいか(商品は無傷・完全であるのが前提ゆえに))

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農業集落排水の分担金

地方自治法的には、分担金は、受益のあるところに課すことができる。
それは、税と行政サービスの関係のように、一方的な処分である。

サービスは制限できない。その代り、強力な徴収(自力執行)が認められる。
ここでは、お金とサービスは、交換(双務)の関係にはない。*1

農集における「受益」の本質がなにかといえば、(将来にわたり)排水する権利である。
(権利は形を持たないが、強いて目に見えるようにするなら、土地の面積家屋が適当だろう。)

ある時点において、(将来にわたる)受益を認め、賦課する。
受益者と自治体の関係は、ここで固定される。また、この関係は重複できない。

受益が固定である以上、受益者の交代は、地位の承継と見るのが適当だろう。

賦課した債権も固定=ひとつである。仮に、とりこぼしたら、それでおしまい。
一方的、強制的関係で成立している以上、二度はない。

以上のことから、分担金賦課済みであれば、受益は認められ、受益者の交代は差し支えなく、
また、消滅した徴収金(債権)は、二重に課すことはできない。*2

下水道受益者負担金に引きずられた見方であることをお断りしておきます。
また、私の現時点での仮の感想に過ぎません。御利用は自己責任で。


*1 とはいえ、各地の条例の規定ぶりは様々である。民民の立場で、双務的に行うことも、あながち不可能ではない。ただし、そのつもりで運営しているところは、まずないのではないか。ついでにいえば、分担金の強制徴収が認められている以上、分担金の納付の有無にかかわらず枡を設置しても、マチガイとは言い切れまい。(それはそれ、これはこれ、なのだから)

*2 言いたくないが、職員の過失に対して求償権を… という補てんは考えられる。

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