半鐘の半死半生

社会に警鐘を鳴らす…わけもなく。

すごーい!

す、すごい。

ペーパークラフト サーバルちゃん
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nicovideo.jp/watch/sm30808515

ちなみに、目下の関心は、かばんちゃんが、ヒトなのか、ヒトのフレンズなのか。



紙面が余るので、どこで見たとは言いませんが、これも。

https://twitter.com/Chiquita199027/status/841466538913812482

unlimited service works、とはうまいことを言う。

関連で「十三拘束解放」というのを知りましたが、これもなかなか。
洋々亭の投稿確認事項にも、いいかもしんない(マテ
“是は、スレ主を救うレスである”

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日本語と日本手話

立法と調査 386号(平成29年3月1日) (リンク)

日本語と日本手話 (リンク)
なる小論があったので、お知らせします。



例規の仕事を経験すると、言葉の定義や射程に敏感になる。

「手話言語条例」という言葉を聞いて、思ったのは、
なぜ言語? ということでした。

私は、言語かどうかは、学術的に決まるものと思っています。
まさか、言語かどうかを条例が決めようとでも?

ググってみると、手話は確かに言語のようでした。
ただし、手話には種類があって……というあたりから、話はややこしくなります。

条例がいう、「手話が言語であるとの認識」とは、
日本手話と日本語対応手話を、区別してのものなのか、違うのか。
その次第によっては、人は条例に異なるものを見てしまうのではないか。
その次第によっては、ややこしい問題のどちらかを支持してしまうのではないか。

手話なるものの使用が保障され、普及されるべきことに、異論はありませんでしたが、ことは単純ではないようです。
ああ、困った。

どちらかが「正解」ではないのでしょう。
しかし、条例を制定するのであれば、「選択」はしなければならないと思われます。
「(条例制定は)いいことなんだから」というだけでは済まされない、はず。

なお、冒頭の、言葉に敏感、の立場からすると、
手話“言語”条例というなら日本手話想定に親和的、
日本語対応手話を想定してなら、“言語”は非親和的、
という感はあります。この点もまた、「選択」になるのでしょうけど。

追記(3/14)
最後のほう、若干改稿しました。
ちなみに、「手話言語条例 日本手話 inurl:lg.jp」でググると、やはり議論があることがうかがえます。
埼玉県朝霞市は、日本手話を明言したんですね。潔いというか、わかりやすい。
なお、あえて選択しない、というのも態度のひとつでしょうが、態度の説明は、必要になるかと。

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この分野は素人なのですが

久々に洋々亭に書き込み。(http://yoyotei.opal.ne.jp/yybbs/pastlog0583.html#69212

この分野は素人なのですが、レスを見ていてなんか違うなあと思ったので書いてみました。

いきなり余談ですが、最近の洋々亭でよくある光景で、
スレ主さんが、ことの当否を聞いているのに、
ことの当否でなく、なんでそんなことを(ことに)、といったレスに流れがちなのは、
いささか(以下、中略
それが参考になることもあるので、ケースバイケースですけどね。
ただまあ、私は、「問い」に答えるように心がけたい。

ところで、くだんのレスの後段は私の関心ごとだったわけですが、何を考えていたかというと、
a.私会計に未払債務があるならば、セットで自治体に移転されるべきであり、セットになるなら負担付き寄附と扱うのがよいのではないか
b.食材費の圧縮などにより、私会計に未払債務がないならば、この未収債権が回収されたら、本来誰に還元されるべきなのか(学校長はありえず、保護者のみなさん(未払者除く)のような気もします。が、現実的には、自治体への寄附は処理の選択肢のひとつでしょう)
といったことを考えていました。細かすぎるので略。また、本件に当たって当然考えられているでしょうし。

ちなみに、調べていて、債権譲渡の通知に代わる、債権譲渡登記制度なるものを知りました。
こういうのを使って処理するといいのかなあ、と思ったら、譲渡人が法人限定。給食会ではダメか。ムム……

難しいネー。なんでもそうですが、素人なりの最善を尽くして、顧問弁護士と相談しながら進めるのでしょう。

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マスコミが報じるとき

マスコミもまた、報じられているのだ。

豊洲移転「混迷の責任は小池知事に」 石原氏会見
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFB03HA1_T00C17A3000000/

――専門的な知見がないから(専門家に)従うしかないと。何のために知事がいるのか。

はぁ? 何を言っているのでしょうか、この質問は? 専門家にかなう非専門家であれとでも?

マスコミさんは、報じる自分たちの視点でしか考えていないような言動が散見されますが、そんなマスコミさんの言動は、私たちから見られていますよ? と、一応、申し上げておきます。聞きやしないでしょうけど。

ついでに。この話題も、前々から引っかかっていました。

高市氏の電波停止言及「報道の自由懸念」 米人権報告書
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM04H0Q_U7A300C1NNE000/

高市早苗総務相が16年2月、放送局が政治的な公平性に欠ける放送を繰り返した場合、電波停止を命じる可能性について言及したことを一例として挙げている。


法律にフェイルセーフ的な規定があるという“説明”を、恣意的介入の“表明”とすり替えるのって、どうなのかしら?
報道の暴走の可能性が、万が一にもありうるのに、それを止める術がない方がいい、なんてことには、賛成できないんですけど。報道は常に正義(ゆえにいかなる介入も横暴)なんて前提を、私は信じないし、信じられなくしているのはどなた?

ともに日経さんの記事から引用しましたが、日経さんに対する申立てではありませんので念のため。全てのマスコミに対して申し上げたい。

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シン・ゴジラ・2

シン・ゴジラ、日本アカデミー賞受賞、の報に接する。
そういえば、作品の感想を述べていなかったので、いまさらながらですが、ちょっと書いておきます。


シン・ゴジラ? いいよね。
序盤、中盤、終盤、そして“最後の最後”までスキがない。
序盤のコミカル・シニカルさ。
中盤の怪獣映画らしさ(自衛隊との対決)。
終盤の人くささ。
最後の最後に「あれ」。
様々な見せ方で楽しませてくれたし、だから、
人それぞれに様々に楽しみを見出せるのだろう。
(ここ「巨神兵東京に現る」っぽいなー、というメタな感想さえもね。)

そんな中で、細かすぎる好きなシーンはといえば、
泉ちゃんの「幹事長は任せろ」という送り出し。
言外に、ちゃんと帰ってこい、帰ってきて俺と一緒に組むんだぞ、
と言っているわけで、ああいうの、グッときちゃうんだよなあ。ツボ。

それと、立川の事務室で、「既決」「未決」のボックスがあったとこ。
役人はどこにいっても起案で仕事をするのだななどと思いましたまる

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